■ 展示コーナー ■ |
1 野球部の創設から全国大会へ ―明治から昭和戦前期― |
明治時代後期から大正時代にかけて、福井県内の中等学校(旧制中学)に野球部が創設されました。その中で、圧倒的な強さを誇ったのが敦賀商業学校です。大正14年の第11回全国大会に初出場して以来、昭和9年までに10回連続出場し、同校の名は全国に知れわたりました。この敦賀商業学校を破って、昭和11年の第22回大会に初出場を成し遂げたのが福井商業学校です。ここでは、明治末期から昭和戦前期にかけての県内の中等学校の野球部の歴史を紹介します。 |
2 甲子園の土を踏む ―昭和戦後から平成へ― |
昭和22年の学制改革により、中等学校が新制の高等学校に替わり、中等学校野球部は高校野球と呼ばれるようになりました。県内でも各高校野球部が新たなスタートを切り、昭和24年には武生高校が甲子園初出場を果たしました。以後、これまでに多くの高校が甲子園の土を踏んできました。昭和53年の選抜大会で準優勝した福井商業高校、平成27年(2015)の選抜大会で福井県に初めて優勝旗を持ち帰った敦賀気比高校などを始めとして、本県高校野球の歴史に大きな足跡を残しました。ここでは、戦後から現在までに甲子園大会に出場した県内各高校の活躍ぶりと、それを応援した人びとの姿を紹介します。 |
3 プロ野球での活躍―福井ゆかりの選手たち― |
昭和初期から現在に至るまで、県内の高校球児たちがプロ野球の道へ進み、野球人として活躍しました。昭和前期には、阪神タイガースの主将をつとめ後に監督に就任した松木謙治郎など敦賀商業学校出身者が、昭和20年代から40年代にかけては、武生・若狭・敦賀高校出身者が多くいます。平成に入ると、大野高校や福井商業学校、さらに敦賀気比高校出身者が大半を占め、いずれも甲子園大会に出場し、活躍した選手たちでした。ここでは、県内高校出身のプロ野球人が着用したユニフォーム等、各選手にちなんだ資料を展示紹介します。 |