福井県立大学知事特別講義 「『ふるさとの発想』とその後 -地方から見た国の政治・政策-」

最終更新日 2013年1月23日ページID 022410

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 このページは、平成25年1月11日(金)に福井県立大学で行われた、知事特別講義をまとめたものです。

○はじめに ~歌から感じる時代の変化~

 今日は、「『ふるさとの発想』とその後」~地方から見た国の政治・政策~というテーマでお話します。

 さて、新しい年が始まって10日ほどですが、皆さん年末年始は何をしておられましたか。私は久しぶりに紅白歌合戦を見ました。紅白歌合戦はいつ始まったか知っていますか。昭和26年です。私がまだ子どもの頃です。【写真】知事講演

 2年ほど前にNHKのFM放送で昭和20年代、第3回の紅白歌合戦を再放送していました。新しい憲法ができて戦後復興の時期です。紅白歌合戦でも時代を反映してアナウンサーが「男女同権」などと言っていました。

 演歌は今も歌われていますが、当時の歌合戦は、演歌に加えて、戦前の歌、新しい傾向のシャンソンやジャズなどの歌、今とはかなり異なった内容でした。戦後60年の間に音楽は大きく変わっています。出場していたのは、皆さんも名前は知っていると思いますが、美空ひばりさんなどです。

 昨年末の紅白歌合戦では、美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」はなかなか迫力がありましたね。五木ひろしさんの「夜明けのブルース」や石川さゆりさんの「天城越え」は知っていましたが、他はあまりわかりませんでした。
歌を聞いていて、歌詞、歌の言葉も昔とは大きく変わっていると思いました。

 どう変わったかというと、「夜明けのブルース」の歌詞には松山市の二番町、「天城越え」の歌詞には浄蓮の滝や天城隧道といった地名が入っています。
 しかし、他の若い人たちの歌には地名は全くありませんでした。地名だけでなく、景色、公園、青空といった場所が感じられる歌詞もほとんどなく、人の心の動きをテーマにした歌が多く、リズムや踊りがむしろ中心でした。

 私は、「ふるさとの発想」を2009年に書きました。この本は「地方の力を活かす」という副題になっています。「ふるさと」は本当に日本人の心の中にあるのか、といったことがずっと気になっています。こうしたことを考えながら紅白歌合戦を見ていました。

 歌に地名を入れないのは歌い手がそう思っているわけではありません。作詞家です。最近の作詞家の方針、傾向なのかもしれません。

 歌には、地名やふるさとを連想させる言葉はほとんどと言ってよいほど出てこない。しかし、人々の心の中には、「ふるさと」を思う気持ちがないとは思っていません。むしろあると私は考えています。けれども歌の形では今は歌われないということなのかと思うのです。

○人や地域のつながり

 それでは本題に入りたいと思います。皆さんは「ふるさとの発想」を読まれたことはありますか。大学の図書館にもあると思いますので一度読んでみてください。

 この本の中で私は次のようなことを書きました。
 先ほど、心の動きなど人の内面をテーマにした歌が多いという話をしましたが、今の日本の社会は、あまり人々が互いに関係を持たない「個人化」、「個化社会」という状況である。しかし、こうした中で人々は、人が生きていく上で本来必要ない助け合い、わかりあえる基盤となる「つながり」を持ちたいと思っている。

 人とのつながり、身近な例を挙げれば、例えば、県、市町といった地域、あるいは県立大学の学生、先生、互いに「つながり」を作っていこうというのがこの本のテーマです。そして、自治体として、そのためにどうするべきかを書いています。

 この本では、「つながり」、「ふるさと」、「絆」といった言葉を使っています。こうした言葉が東日本大震災以降よく使われていますが、「ふるさとの発想」は大震災の以前から、こうしたものの大切さを意識して書いたものです。

○「ふるさと納税」制度を活かしたつながり

 少し具体的な話をします。東日本大震災以降、広く活用されるようになった「ふるさと納税」についてです。この制度は第1次の安倍内閣の時に福井県が国に提案して実現したものです。

 皆さんが自分の生まれた場所以外で学生になり、また、大都市で就職をされ、東京に住んでいるとする。そして地元の鯖江市の仕事を応援したい時に、鯖江市に1万円寄付(納税)をすると、東京へ納める都民税が1万円減り、あなたの全体の税金の額は変わらないという制度です。

 大震災以前は全国で年に6~9億円程度の額でしたが、大震災後は額が大きく増加しています。陸前高田や気仙沼などの被災地を応援したいと考える人たちに活用されています。個人が自分のふるさとやつながりのある地域を応援したい時に役に立っている制度です。

○日本海側と太平洋側でバランスのとれた公共投資を ~国土の強靭化~

 もう1つ考えなければならないのは、日本各地のふるさとの道路、港、鉄道あるいは住んでいる皆さんの住んでいる地域を災害に強くすることです。

 東日本大震災では、太平洋側が大きな被害を受けましたが、大切なのは、東京・大阪や太平洋側だけを立派することでなく、日本海側と太平洋側、西日本と東日本が互いに補い合えることです。そうしないと日本は成り立たず、地方も都市も壊れてしまいます。安倍内閣は国土の「強靭化」と言っていますが、特に、日本海側でしっかりした公共投資を進めなければならないと思います。

 皆さんの応援をいただき、昨年、敦賀までの北陸新幹線建設の認可を得ました。また、福井から大野・勝山を通って岐阜県に繋がる中部縦貫自動車道の整備を進めています。

 東日本大震災でも、震災後約1か月で復旧した東北新幹線や三陸海岸を結ぶ国道が復興に役立っています。民主党政権では、「コンクリートから人へ」と言われましたが、「コンクリート」という表現はともかく、地方への公共投資は決して無駄ではありません。バランスのとれた公共投資が今後も必要です。

○国と地方の役割分担 ~復興の中心は地方自治体~

 国と地方公共団体の役割分担も大切です。福井県では平成16年に足羽川が決壊する大きな災害があり、昨年も越前市の和紙の里で水害がありました。県としてはいち早くいろいろな対応をしました。「ふるさとの発想」には平成16年の災害のことが書いてあります。災害復興を進める中心となるのは、その場所がある地方です。地方は国に頼ってはいけません。また、国もお金を地方に渡すだけでは十分ではありません。

 大きな災害の場合には国と地方の役割ははっきりしています。国には地方が自ら考える復興対策を進めやすいよう、もっと工夫をしてほしい。

 東北地方の復興予算や国の支援策についても使い勝手が悪く、地方が十分活用できず困っているといった状況が残念ながらあるようです。

○自立と分散で日本を変えるふるさと知事ネットワークの活動

 次に、ここ数年の地方の動きをいくつか紹介します。
 まず、ふるさと知事ネットワークの活動です。福井県が呼びかけて、田舎の青森、山形、長野、山梨、石川、鳥取、島根、奈良、高知、熊本、宮崎、三重の13県の知事がネットワークを組んで地方を盛り上げていくための活動をしています。

 先ほど触れた「ふるさと納税」は大都市と地方の間の制度でしたが、知事ネットワークは地方がお互いに協力して、東京・大阪といった大都市や国の政府に頼らずに自らの力でそれぞれの良いところを活かして、地方を盛り上げるための仕組みづくりなど、様々な活動をするものです。

 例えば、各県の特産品をお互いに安い値段で買い、食べることができるように、ファーマーズ・マーケットの農産物をやり取りしています。福井の越のルビーを山形に持っていく、山形のさくらんぼを福井で売るといった活動です。

 また、福井県にも東京や大阪に事務所がありますが、東京や大阪へ行くことはあっても、山形の県庁に勤めたことはない。また、弘前大学や高知県立大学で講義や研究をすることはあまりない。こういう状況ですので、お互いに人の交流をする、各県の企業、商工会、金融機関が情報交換するといったことも進めています。

○企業の地方への投資を促進するための提案

 また、企業がなかなか地方に投資しない、工場を立地しない、外国に生産拠点を移転しまうといった状況があります。そこで13県で税制の調査会をつくって検討し、国に対して、地方に投資を行った企業の法人税を5年間現在の25%から18%に減らすという提案をしています。

 こうすると法人税の実効税率が諸外国と同じ水準になり、地方への投資が促進されると考えています。安倍内閣でこうした提案を採用していただけるよう、積極的に働きかけなければならないと思っています。

○生活の質を高める政策の実行

 また、この数年、生活の質に着目した新しい豊かさを求める動きが強まっています。

 一昨年、福井県は法政大学の調査で「日本一幸福な県」に選ばれましたが、福井県に住んでいる皆さんの生活をさらにレベルアップすることが課題です。

 生活の質を高め、地域を良くしていくために必要なものが3つあります。
 1つは「大学」が良くなることです。2つめは「メディア」です。地方の放送や新聞、いろいろなコミュニティがしっかりしないと地方の政治は良くなりませんし、自信や誇りは育たない。そして、3つめが一番基本となる県や市町などの「地方自治体」の働きです。

 この3つが地域経済や企業誘致などといった地方の問題をしっかり議論していかないと地域は良くなっていかない、逆に言うと、これらがしっかりしないと地域のアイデンティティと自立は壊れてしまうと考えています。

○希望を政策指標に

 福井県は、生活の質だけでなく、さらに県民が「希望」を持って暮らせる地域づくりを目指しています。希望学です。アジアのブータン王国が国民総幸福量(GNH:Gross National Happiness)という新しい豊かさの基準を打ち出し、話題になっています。福井県はブータン王国とも交流がありますが、行政の仕事としては難しい面もありますが、県民が「希望」を持って暮らせるようにするにはどうすべきかという課題に挑戦しています。

 皆さんが勉強されている経済学では、福井県の所得、就職率、家の広さなどを豊かさの指標にします。こうしたことはもちろん大切ですが、いかに「希望」に繋がるかという指標づくりを知事ネットワークの13県で進めています。

 それぞれの県で指標をつくり、現状に3年ごとにこうした指標がどれくらい変化したかを加味して「希望」の度合いをチェックしていこうと考えています。

○市場主義的な政策を進めた小泉改革

 「ふるさとの発想」では、主に小泉内閣の三位一体改革の時代の地方に対する政策について書かれています。ここでは、次に、地方自治や地方財政に関係する国の政策についてお話します。

 小泉改革が行われたのは、皆さんが小学生の頃ですから、あまりご存知ないかもしれません。小さな政府を目指して構造改革を行う政策でした。勉強されている経済学で言えば新自由主義、市場主義の政策が行われたように思います。

 三位一体改革や郵政民営化については、何となく覚えておられたり、あるいは勉強されたかもしれませんが、市町村の合併、国立大学の独立法人化、地方交付税の減額など、小泉改革はあらゆる分野で効率化を目指したものでした。

 こうした中で、地方は残念ながら衰退する状況でした。かといって、大都市が栄えたわけでもありません。地方の良いところを応援するのが地方自治ですが、そうではなくて大都市は地方・田舎のために稼いでいる、地方が疲弊しているので国や大都市が応援するといった発想でした。

 その結果、市場主義が蔓延しました。市場主義は消費者を大事にする考え方であり、表面的なところがあります。身近な料理を例に考えると、出来上がった料理を食べたり、消費するのは簡単ですが、食材を購入し調理して料理をつくり、生産するのには時間がかかります。

 生産は地方中心で消費は大都市中心です。地方では消費もしますが、皆さんの家で農業をしていれば、お米を作る苦労もわかり、お米を大切にしないといけないとわかります。

 消費者は、労働者が汗をかき、身体を汚して生産する苦労がわかりません。少し極端かもしれませんが東京の子どもは、魚を見たことがなければ刺身が泳いでいると思うかもしれません。

 特に、大都市の消費の大きさは莫大です。福井でモノを売って買ってもらうのとは比較になりません。大都市でモノを売らないとビジネスは成り立ちません。どうしても消費者中心の市場主義は大都市中心の考え方になりがちです。
 こうした考え方がさらに強まると、政治やメディアの動きが、消費者や大都市中心に展開することになり、さらには大衆への迎合、ポピュリズムへと動きはじめるという問題が生まれたのではないかと思います。

 今回、新しい政権が誕生しましたが、地方を重視し、消費者一辺倒ではなく生産者をしっかり見つめ、生産をついでに考えるのではなくバランスのとれた政治を進めることが極めて重要です。

○個人への給付中心の民主党の政策

 民主党政権の3年間においても市場主義的な考え方は残っていたと思います。農協や商工会議所を応援して地域の生産や消費を幅広く強めていくというのではなく、例えば、子ども手当、農家の個別所得補償、高校の授業料無償化、高速道路の無料化などの政策は、すべてお金の使い方が一人ひとりの個人に向いていました。民主党の政策の特徴の1つといってよいと思います。

 また、市場主義は小さな政府と結びつきますが、民主党の政策には、頭の中では市場主義的な考え方があったにもかかわらず、有権者の支持に引っぱられて結果としてトータルでは大きな政府になってしまいました。

 個人にお金を配るどうしても金額が大きくなります。また、一度始めると止めるのも困難です。ですから予算規模をなかなか小さくできないという問題が生じたのだと思います。

 直接に納税者、有権者と結びつくだけの政策を進めたわけです。一見民主的でよさそうですが、それだけでは長続きせず、バランスが欠けていたのではないかと思います。こうした点についても新しい政権は直していく必要があります。

○大都市に偏った政治がもたらす悪循環

 大都市中心の政治になったと申し上げましたが、これに関連して政治的に考えると、1票の格差の問題があります。大都市の人の1票が軽すぎるということです。

 そのことは問題でないとは言いません。1票の格差は、非常に大切な憲法上の問題であります。しかし、一方で大都市に人口が集まると有権者が増える。大都市の有権者が増えると1票の格差の問題が起きる。格差を是正するために大都市の議員の定数を増やす。大都市の定数が増えると地方の定数が減る。大都市中心の政治が行われる。この結果、大都市にお金や関心が高まり、さらに大都市に人が集まる。という悪循環に陥っていると思います。

○日本の再生は地方の活力から

 1票の格差は憲法上の抜本的な問題ですが、もう少しさらに高いというか、深い視点から考えると、大都市と地方の様々な格差を解消し、大都市に人口が偏って集中するのを是正しないと本当に抜本的な解決にはなりません。そうしないと世の中は変わらないということです。

 地方に人を集めるためには、まず、大学の学生を増やさなければなりません。学生の就職先となる地元企業も必要です。企業を地方に誘致しなければならない。税金を安くして外国に行くくらいなら福井に来るという状況にしないといけません。こうしたことが今後の地方の重要な課題であると強く思っています。

 このように考えると、これからの地方の担い手となる皆さん一人ひとりの使命は決して軽くありません。

 これから国の内外を問わず幅広く活躍するには外国語、英語が必ず必要です。NHKラジオの英語番組など、生きた英語を聞くトレーニングを毎日30分ずつでも続けてください。就職するまでに英語でメールは打てるようになってください。続ければ話すこともうまくなります。英語は勉強すればその分だけ必ず上達します。ぜひ始めてください。

 「一年の計」で言う目標は、英語で「goal」(ゴール)だそうです。目標を持ってがんばってください。年が明けてしばらく経ちましたが、しっかりとした「一年の計」を立てて、ゴールを目指して一層勉学に励んでいただきたいと思います。

 以上で私の話を終わります。
 



 

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