福井県小学校長学校運営研究大会での講話

最終更新日 2010年2月4日ページID 008685

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 このページは、平成21年5月13日(水)にJAわかさで行われた、第61回福井県小学校長運営研究大会での講話をまとめたものです。

210513講演写真1 県小学校長学校運営研究大会でお話する機会をいただきありがとうございます。限られた時間でありますが、日頃思っていることを申し上げたいと思います。
 今日の会場である小浜市は、今や大変有名であります。NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」の舞台になったほか、第44代アメリカ大統領に就任したオバマ氏の応援など、いろんな話題がありましたが、これも市民の皆さんが頑張った結果であると思います。
 これからの時代は、あらゆることで人と人、地域と地域、あるいは様々な組織等が「つながる」ということが重要であると思います。小浜と「オバマ」は名前だけのつながりですが、アメリカ大統領と小浜が中味で本当につながっているわけではありません。名前のつながりから中味もつながっていくとよいということです。このようなことが教育の面から考えると大変興味があると思います。
 例えば「西川」という名前の方がいらっしゃると、私は、自分と関係はないが何かつながりがあるような気がします。大野の方へ行くと「にしがわ」と呼ぶようです。選挙運動などで大野の方に行った時に「にしがわさん」と呼ばれて誰のことかなと思うと自分だったりします。漢字が同じというだけでもつながっている気がするもので、ましてや呼び名が同じだともっとつながりを感じるものです。このようにつながりが大事だということです。

 今日はこの会場に来る前に、座ぶとん集会で、食育サポーターの女性10数人と話し合う機会を持ちました。保育所や幼稚園などで子どもたちに食育を教えているサポーターの方々です。教師の経験はないが教員免許を持っている方や栄養士の資格を持った方が多かったです。また、県外在住の方もおられました。キッズ・キッチンの話を伺い、食べ物を中心とした教育をしているということでした。
 国の食育白書には、最後の方に食育について全国のいろいろなデータが並んでいますが、それを平均すると一番データの順位の高いのは福井県です。福井県は、学力・体力だけでなく食育も高いのです。学力・体力は学校が、そして食育では小浜市を中心に全県に広がっています。

 さて、学力・体力がいずれも日本一という成果を上げていることに、特に小学校の校長に深くお礼を申し上げなければなりません。皆さんがすばらしいのはもちろんですが、過去からの蓄積がその成果を上げているわけです。過去からの蓄積ということは、皆さんが新採用になってから教師としてずっと頑張ってきてこられたということであり、やはり皆さんにお礼を申し上げなければなりません。
 福井県とよく似た例に秋田県があります。体力ではやや異なりますが、学力では拮抗しています。しかし、学力の面で、秋田県が上位にあることと、福井県が上位にあることでは、少し背景が違うと思います。昭和39年の全国学力テストでは、福井県の小学生は4位、一方秋田県は43位でした。それが平成19年、平成20年での全国学力調査では、秋田県と福井県が全国1位、2位と拮抗しているのです。地元秋田県の新聞によりますと、平成13年にスタートした秋田県独自の少人数教育、教育委員会と先生方が一緒になって教材研究・開発を積極的に行ってきたことが功を奏しているようです。
 秋田県は6、7年で結果を出しています。100%そうだとは言えないかもしれませんが、6、7年努力すると1番や2番になれるということです。東京や大阪など、大きな県ではなかなか成果を出すことができなくても、普通の県であれば努力次第で成果が出るということです。このことは、逆に、福井県がよく努力しないと他県とよく似てしまうことになります。もちろん順番だけが全てではありません。総合力を発揮し体制を整えて日々改善していただくことが重要です。
 また、人によっては、学力というものはすぐには変わらないという考えもあります。福井県は、長年、学校や家庭、そして地域全体で教育を頑張ってきたからこの水準にあるのであり、他の県はとうていまねができないという考え方です。しかし、そう思いながらも一方では、先に述べたことも考える必要があります。競争が目的ではなく、福井県の教育を良くしようというのが目的なのです。

 それから、皆さんにお配りした資料は「時事評論」に半年間毎月掲載したものです。あまり福井県をそのまま書いても読んでもらえそうにないので、福井県らしくない形で福井県を宣伝しようという思いで書いたものです。
 最後のページにあるのは、今年の3月に「『平均の力』と自治体の発展可能性」というテーマで書いたものです。冒頭に、「福井県の小中学生が、『学力』に加えて『体力』でも日本一であることが明らかになりました。全国での調査の結果、初めて自分たちがトップランクであることに気付いたのです」ということを書きました。比較したから、自らのポジションを理解することができたということです。調子がよい時にはあまり自覚しません。身体も同じで、血糖値が高い、血圧が高い、胃の調子が悪いなど、調子が悪くなると心配しますが、健康だと何も思わないのと同じです。
 皆さんがこれまで何十年にも渡ってまじめに教育を積み重ね、独自の指導と調査を継続してきた結果ということを書きました。これは福井県という自治体が持つ「平均の力」であります。「平均の力」はなかなか変わらないものかもしれません。高校野球で優勝したり高校駅伝で優勝したりすることと「平均の力」とは違います。
 「平均の力」では、比較的小さい組織体がより大きな組織体に優位を示すことができる分野といえます。PISA(OECDの学力到達度調査)やTIMSS(国際数学・理科教育調査)では、フィンランドやシンガポールといった小国寡民の国が世界の上位を占めています。福井県も人口80万人ほどの小さな県ですが、学力・体力で日本一になっているのです。
 学校の中には大きな学校も小さな学校がありますが、大きい学校だから立派なのではありません。その大きさにかかわらず「平均力」を上げることに力を注いでいただきたいと思います。このことを意識して様々なことにチャレンジしてください。

 次に、物事を大きくしようとか、他を飲み込もうとか、という考え方が批判を受けています。規模にかかわらずよくしていこうということが大事だということをお伝えしたいと思います。
 先ほどの時事評論3月号にも載せましたが、ローマ帝国の歴史「ローマ史」を書いた有名な歴史家にドイツのモムゼンという人がいます。彼は、「どんなちっぽけな有機体でも、最も精巧な機械よりも限りなく優れている」と喩え、シーザーが造ったローマ帝政についてはあまり評価をしていません。なぜなら「天才の理想にもかかわらず、ただ制度や組織が表面的に拡大したに過ぎず、内部的には死んだも同然の体制になってしまった」と考えているからです。
 学校も有機体であり、機械ではありません。規模や組織が壮大でも、内部が死んだように状態では困ります。学校という生き物を生き生きと動かすのは、校長であります。大きさにかかわらず、平均力を上げ、ねばり強く継続し、生き生きとした学校にしていただきたい。それはまた、子どもたちを活かすことになると思っています。

 お手元にある資料の12月号を見てください。ノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎先生のことが書いてあります。先月末、先生が帰国された時に、大阪大学でお会いすることができました。先生は88才になられましたが、大変お元気で驚きました。まず感心したことは、姿勢が大変良いということです。視力も大変よろしく、先生の小学生の頃の福井の絵地図の複写をお渡ししましたところ、先生は「ここは福井中学校、日赤、県庁」というように、ぱっと見付けていらっしゃいました。研究室の鍵もご自分からさっとお開けになられ、まさに頭脳がすばらしいだけでなく、気力・体力も優れていらっしゃる方だと感銘を受けました。
 皆さんも姿勢を良くし、子どもたちのために気力を蓄えていただきたいと思います。校長の中には「子どもたちから元気をもらっています」と言う人がおりますが、子どもから元気をもらうのではなく、皆さんが、子どもたちに光やエネルギー、励ましを与えなければならないと思っています。

 県では、南部陽一郎先生や白川静先生の業績のすばらしさを検証し、現在改修を進めている「子ども歴史文化館」で紹介したいと思っています。来年度は、白川先生の生誕100周年に当たりますので、県においても先生の功績を継続的に顕彰し、子どもたちのその精神を伝えていきたいと考えています。
 小学校でも「漢字教育」について多くの先生が工夫をして教えています。ぜひ継続し、充実していただきたいと思います。この白川文字学は大事だと思います。なぜかといいますと、漢字が系統的に研究され、その業績は子どもたちが漢字を分かりやすく学ぶ基礎になると思うからです。特に、小学校での最初の学習のつまずきは、漢字ではないかと思います。子どもにとって大変苦痛なものであり、少しでも楽しく合理的に学ぶということはすばらしいことだと思います。
 福井県の小学校においては、白川先生の業績を活用して系統的に漢字を教えていくことが、昨年4月から実現しています。以前は、小学校で教える漢字は1006文字で、学年ごとに配当が決まっていました。ところが、白川文字学を福井県で学ばせたいと文部科学省に学習指導要領の漢字の制約撤廃を要請したところ、OKをいただきましたので、現在は小学校で例えば1200文字教えてもよいですし、3年生で木も林も森も教えることも、テストをして評価しても大丈夫です。
 さらに、これからの小学生に重要なことは、国語教育と並んで「サイエンス」教育ではないかと思います。理数教育は、子どもたちへの教え方を研究したり教科教育法を充実したりしても、まだまだし足りない領域であると思います。理科分野は、小学校の子どもたちにとって特に興味がありますから、生物あるいは電気、エネルギーのことなどを特に積極的に取り組んでいただきたいと思います。
 話が飛びますが、「道徳教育」はどのようなことを教えるのでしょうか。友達と仲良くなろう、人に親切にしなければならない、感謝の気持ちを持つ、といったことでしょうか。やはりそれを教える前提として、人間の命とか生き物同士のつながり、あるいは天体の星、宇宙、このようなものがつながって、我々の命の歴史、身体、心があるということを、子どもたちに本当に分かってもらわないと、友達と仲良くするとか互いに身体を大事にしようと、頭で説教をしても腑に落ちないと思います。そういったことをサイエンス教育を通して自然に学んでほしいと思うのであります。

 次に、子どもたちの「夢」や「希望」のお話をさせていただきます。全国学力テストと併せて子どもたちに学習状況調査も行っていることはご承知のことと思います。小学校の生徒に「将来の夢や目標を持っていますか」との問いに、「持っている」と答えた福井県の小学生の割合は約63%です。全国的にはそれほど差がないのですが、順位的には残念ながら全国44位です。
 学力も体力も食育も家庭もすばらしいから、希望など持たない子どもが多いのも当然という考えもありますが、福井県の子どもたちが希望を全国の平均以上に持ってもいいかと思います。これは注意してほしい点であり、最近の問題である不登校や引きこもりにも関係します。 
 また、小学校の先生に「児童に将来つきたい仕事や夢について考えさせる指導をしていますか」との問いに、「している」と答えた福井県の学校の割合は1割弱です。全国37位です。先生がまず教えていないですね。一番教えているのが青森県で、秋田県は全国8位です。
 将来の夢や目標を持っている中学校の生徒の割合も、福井県は全国39位ですが、将来つきたい仕事や夢について考えさせる指導をしている中学校の割合は全国1位なのです。もっと早い時期、つまり小学校から夢や目標を持つことを教えていればいいのに、中学校から教えるので、なかなかよい順位にならないという仮説が成り立つかもしれません。これは、統計から述べているのであって正しくないかもしれませんが、もう少し子ども達に夢や希望を教えていただくのも悪くないかと思います。そのためには、まず先生自らが夢や希望を持ってエネルギーを発しなければなりません。
 福井県では、地域の皆さんが希望を持って生活できることを目指して、東京大学と連携して「希望学」という研究を進めています。希望学を研究している先生方は、希望を次のように定義しています。“Hope is a wish for something to come true by action.” 
つまり、「希望」とは、具体的な「何か (something) 」を「行動 (action) 」によって「実現 (come true) 」しようとする「願望 (wish) 」であります。これらの4つの要因のうち、少なくとも一つが欠けたときに、希望は失われると言っています。彼らが言っていることのおもしろい点は、家族の強いつながりもありますが、友達とか同級生との緩いつながりというような様々な人々のつながりが重要であると言っていることです。
 最近、内村鑑三の「後世への最大遺物」という本を読みました。明治27年に発刊された講演録であり、20頁ほどの薄い本なので、30分ほどで読めます。その本に、「我々は互いに希望を遂げようではないか、死ぬまでにこの世を少しでも良くして死のうではないか」と書かれています。今日よりも明日、今年よりも来年、少しでもわが国や子どもたちが良くなるようにして死のうではないかという意味であります。
 このことについて、何をするかについて次のような意味のことを述べています。「最も分かりやすいのは金儲けだろう、しかし金儲けだけではいけない、如何に公のために使うかが大事である。次に、それを使うにあたっては公共事業がよいが、このようなことは誰にでも出来ることではない。では、教育が良いだろうと思うが、これも先生が中心であろう。では誰にでも出来ることは何か。それは、今日より明日、明日よりも明後日、少しでも良いものを残そうとすることである」勇ましい人生を送ろうではないかというのが、内村鑑三の言いたいことであります。
 また、彼は「希望」を英語で ”Hope” ではなく “Ambition”  と書いています。ということは、有名なクラーク博士の言葉「少年よ、大志を抱け」は必ずしもピッタリした訳ではなかったのではないかということになります。つまり「少年よ、希望を持って行動せよ」というのが本当の訳ではないでしょうか。
 ですから、皆さんには是非子どもたちに、“Ambition” を持たせる教育をお願いしたいと思います。

以上で講話を終わります。



 

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