立命館大学知事リレー講義 「地方分権の行方―地域の個性が活きる分権社会を目指して―」

最終更新日 2010年2月4日ページID 001593

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 このページは、平成19年6月19日(火)、全国の知事が地方行政の現状や課題を語る「知事リレー講義」の一環として、「地方分権の行方―地域の個性が活きる分権社会を目指して―」という演題により立命館大学で行われた知事の講義概要をまとめたものです。
 同大学の学生、社会人など、約300人が聴講しました。

 Ⅰ 福井県の紹介
 Ⅱ 白川静博士について
 Ⅲ 「ふくいブランド」について
 Ⅳ 地方分権の課題
 Ⅴ 「ふるさと納税」について
 Ⅵ 道州制について
 Ⅶ 終わりに

 [質疑応答]
 

 【Ⅰ 福井県の紹介】

190619写真1 私は今年4月の知事選で再選をいただき、現在、二期目の県政に携わっています。本日は、地方分権の話をする予定ですが、まずは福井県の様子からご紹介したいと思います。皆さんにもぜひ福井県に来てほしいと思うからです。
 現在、福井県庁には立命館大学出身の職員が、部長から新人まで51人います。皆さんの中に福井県出身の人がどれだけいるか分かりませんが、観光で訪れていただいてもいいですし、県庁に勤めるなど定住して欲しいものです。
 今年は福井県出身とされる継体天皇が即位して1500周年に当たります。58歳で即位され、約25年治めたとされる第26代の天皇です。滋賀、大阪、京都、奈良など関係自治体と協力したイベントなども予定しています。また、人形浄瑠璃で有名な近松門左衛門も、きっと知らない人が多いと思いますが、福井の出身なのです。  

 【Ⅱ 白川静博士について】

 これこそ実は皆さんよくご存知の故白川静先生は福井市の出身です。福井県立図書館には、白川先生の業績を紹介する「白川文字学の室(へや)」が設けられていて、白川先生の優れた業績を広く紹介するため、白川先生の研究成果や著書などを紹介しています。
 白川先生は1910年生まれですが、立命館中学校の先生をしながら漢字の研究を続け、立命館大学教授を定年退職後、70歳を超えてから『字統』、『字訓』、『字通』という漢字学の字書を著されました。平成16年には文化勲章を受章されましたが、惜しいことに昨年10月に96歳という長寿を全うされました。
 皆さんは立命館大学の「立命」という言葉の意味をご存知ですか。これは、中国の古典の一つ、『孟子』という書物に由来するものです。引用しますと、「妖寿(ようじゅ)たがわず、身を修めて以ってこれを待つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」(人間の寿命は天命によって決められている。修養に努めてその天命を待つのが人間の本分の全うである)という一節から来ています。白川先生の生涯は、まさにこの言葉のとおり、天寿を全うされるまで、たゆむことなく文字学の研究を極め続けられた生涯だったと思います。
 白川先生の業績の特徴を示す一つの例を紹介します。「告」という字がありますが、中国の学者はこれを牛が口を開けている様子に由来するという説明をしていたものでした。ところが、白川先生は、研究の結果、これは「さい」という祝詞を入れる容器の形に由来するものだとしたのです。ここに、漢字研究の革新が行われました。
 福井県では、白川先生の漢字研究の成果を学校教育の中で活用したいと考えています。漢字の学習というと、どうしても単元ごとに憶えるようなやり方をするものです。そうではなく、系統立てて漢字を勉強してもらってはどうかと考えています。小学生にとって漢字を勉強するのはかなりの負担ですが、系統立てて勉強すれば、その負担を軽くできるのではないかと思うのです。小学校で憶える漢字は1006字ありますが、これを系統的に整理して憶えられるような工夫を考えたいと思っています。郷土の偉人である白川先生の業績を大事にしたいとの思いから、県では、一周忌に当たる今年、福井市の生まれた場所に記念碑を設置する予定です。

 【Ⅲ 「ふくいブランド」について】

190619写真2 さて、昨年8月に、リクルート社が、国内宿泊旅行の実態を調査するために、インターネットを活用して全国約1万人の回答を集計した「じゃらん宿泊旅行調査2006」を公表しました。
 この調査によると、宿泊旅行の目的で一番多いのは、「おいしいものを食べる」ということのようです。皆さん、都道府県の中で、「おいしい食べ物が多かった」というテーマで第一位に選ばれたのはどこだと思いますか。実は福井県なのです。第2位は石川県、第3位は長崎県でした。
 さらに、福井県には、いろんなよいデータ上の数字があります。県民の平均寿命が男女とも全国2位という健康長寿県ですし、合計特殊出生率も、平成17・18年と福井県だけが二年連続で伸びたという結果も出ています。
 ほかにも、「そば」は福井の名産で、昭和天皇が好まれたというエピソードがあります。恐竜の化石が日本で一番たくさん出土する県としても知られています。眼鏡フレームの生産も、福井県は全国の生産額のほとんどを占めています。ここにおられる皆さんの中にも眼鏡をかけている方がいますが、実は、文字通り、皆さんの「目と鼻の先に福井県がある」、皆さんに最も近い県です。(このキャッチフレーズは本日初公開です。)
 福井県としても、こうした福井の優れたものを「福井ブランド」として全国に向けて一生懸命PRしているところです。皆さんもぜひ福井のよいところを心に留めていただいて、来ていただきたいと思います。

 【Ⅳ 地方分権の課題】

  さて、本日の本題である地方自治の話に入りましょう。
 現在、全国の知事が厳しい財政状況の中で何を考えているかと言えば、今お話したように、地域のいろんないい点を一生懸命磨くようにしたい、多くの人に知ってもらいたいということです。そのためには、それぞれの自治体が頑張れるように、地方が権限や財源を持てるようにならなくてはいけません。これが「地方分権」ということなのです。
 地方分権が本格的に動き出したのは、平成12年4月の地方分権一括法の施行からとされています。これによって、国からの出先機関的な地方側の機関委任事務の廃止などを通じて、中央から地方への分権化が結実したかのように思われました。ところが、この「第一次分権改革」は主張されたほどには実を伴わなかったのです。
 と言いますのも、具体的な施策になると、国は相変わらず法律そして政令や規則などを通じて、地方の仕事を縛り続けているからです。国会も霞ヶ関の人たちもどうしても国の立場で考えてしまい、すぐには精神が変わらなかったのです。
 そこで、平成14年に「三位一体の改革」、余談ですが英語では“Trinity Reform(トリニティ・リフォーム)”と言いますが、そういう新たな改革が唱えられるようになりました。国庫補助金の見直し、国から地方への税源移譲などにより、地方に実質的に権限を移譲しようというものです。
 しかし、この「三位一体の改革」も、中央各省庁の強い抵抗を受けてなかなか進みません。税源移譲といっても、大半は国の補助率の引き下げにとどまっていて、「棒ほど願って針ほど叶う」という程度のものでしかありません。しかし、これからの日本は国がすべて決めていても、地方も国もうまくいくというわけにはいかないのです。
 今の日本は、昔に比べれば教育水準も高く、経済も豊かになりました。国際社会においても大きな役割と責任を担っています。そんな状況の中で、国は、外交や防衛、司法といった、国家としての基本的な課題にもっと専念してもらわなくてはいけないはずです。地方の仕事に口を出すことにかまけて、国本来の仕事がおろそかになっているのでは本末転倒なのです。地方のことは地方に任せる、これは国にとっても必要な改革なのです。
 私は4年前にマニフェストを掲げて知事になりました。マニフェスト知事の第一世代に属する知事です。部局長と「政策合意」を結んだり、他の知事も参加する「検証大会」に参加するなどして、マニフェストのチェック体制も取り入れてきました。現在の二期目もマニフェストを掲げて県政を進めています。今度は公職選挙法でマニフェストの要約が配れるようになりました。
 他の県の知事もそうかもしれませんが、私が常に考えていることが二つあります。一つは、国と地方における法律制度、財政制度の分権化です。もう一つは、県民に理解してもらえる先進的な施策を展開し、地域間競争の中で県民益を大きくしなければならないということです。

 【Ⅴ 「ふるさと納税」について】

190619写真3 地方分権を進める中で、地方自治体の立場としても、有益なことを実現し、また、不都合な国の考え方は国に対してはっきりものを言わなければなりません。その一つの例が「ふるさと寄付金控除」です。これは福井県が2年前から提案しているもので、国も検討を始めました。納税者が住民税の一部を出身自治体に納められるようにする「ふるさと納税」なのです。
 皆さん自身のことを考えてみてください。京都に学生として住んでいても、実は他県から来ている人が多いはずです。大学進学でよその土地に出て、そのまま故郷に戻ってこない学生もたくさんいるはずです。福井県の場合でも、毎年約2、3千人の若者が進学などで大都市圏に流出しているのが現状です。
 人が生まれてから高校を卒業するまでの間に、地元の自治体は児童福祉や教育などいろんな行政サービスを提供しています。福井県で計算すると、その費用の総額は、一人当たり1千6百万円は超えることになります。ところが、県外に出て勤めるようになると、勤務先が東京なら、これからずっと東京で税金を納めるようになるのです。
 故郷で行政サービスを受けて一人前になった人が、都会へ出て就職してから、都市圏の自治体に税金を納めるというのは、人のライフサイクルの視点で見ると実態に合わないと言わなければなりません。そうした問題を直そうというのが、私の提案した「ふるさと寄付金控除」の基本となる考え方なのです。
 これは、ふるさとが福井県の方が、東京に年間30万円の税金をこれまで納めている人が、世話になったと思って福井県に5万円の寄付をしたら、その5万円分の税額を所得税や東京の住民税から控除するという仕組みです。こうした「人の循環システム」を前提に税制を改めれば、税源の偏在から生まれる都市と地方の税収格差も是正されることになるはずです。
 納税者が自分の意思で寄付する自治体を選択できる制度にすれば、納税者自身も税金がどこに使われるのか関心を持つようになり、自治体同士もよい政策を実現しようと競争し合うようになるものです。所得額が決まると自動的に徴収されてしまうというのではなく、納税者の意思を尊重する「納税者主権」を実現するわけです。
 現在の税制は、戦後のシャウプ税制に由来していて、生涯同じ場所に住むという暗黙に近い前提に作られていますが、もはや実態に即していません。都市圏の知事の中には、地元の税収減につながることでもあり、「困る」と言っている方もいますが、反対だと声を上げるばかりでなく、もっと納税者の気持ちを考えておおらかに議論する姿勢も持ってほしいところです。
 「ふるさと納税」の制度は抜本的な税収格差の是正にはならないかもしれませんが、きっかけにはなるはずです。またやれるところから実行することが今の時代には必要ではないでしょうか。
 国は「ふるさと納税」構想を検討するための研究会を設置し、私もそのメンバーの一人となっています。国でも真剣にこうしたことを議論するようになったわけです。地方分権を確立していくためには、自治体が主導権をもって進めていくことが大切で、地方から提言して国の施策に影響を与えたという好例ではないかと思っています。

 【Ⅵ 道州制について】

 地方分権をめぐっては、「道州制」も大きな議論となっています。
 多くの人は、自分の出身を問われると、都道府県の単位で答えるでしょう。福井市だとか、北陸、関西だとか言う人がいるでしょうか。日本人のふるさと帰属意識は都道府県が基本なのです。
 道州制は、行政改革という観点で見ると、議員数を減らしたり、国の出先機関を州に渡して合理化できる面はあります。しかし、暮らしをよくするために政治をどうするかという観点では、道州ではあまりに範囲が広すぎ、住民の意見が反映されにくくなり、地域固有の課題への対応がおろそかになるおそれがあります。
 また、一つの州の首長があまりに大きな権限を持つということにも疑問があります。住民の暮らしをよくするためにどうするかを考えるのが政治の役割ですが、広域に責任を負う首長がどこまで目を行き届かせることができるでしょうか。
 地域のアイデンティティーもなくなります。福井県は健康長寿だ、失業率が全国一低い、子どもを産み育てやすい県だ、と言っても、他県と一緒になって埋もれてしまったら、どこがどう良いのか分からなくなってしまうでしょう。
 今の道州制議論は道州の区割り案などについても中央から出ており、あまりにも中央集権的で、地方の立場に立ったものとはいえません。権限や財源の移譲を含め、地方分権を議論しながら、道州制の是非も議論すべきです。地方が自ら考えた上で、特定の自治体同士が合併するというなら、それは構わないでしょう。
 さて、現在、憲法改正の議論が進んでいますが、地方自治については憲法の前文にはありません。92条で「地方自治体の本旨は法律でこれを定める」とあるだけです。地方自治は学問上、「住民自治」と「団体自治」がありますが、憲法では明記されておらず根拠は弱いままです。憲法改正と言えば、9条ばかりがクローズアップされていますが、もし今後、改正されるのであれば、「地方分権」の明記こそ実現していかなければならないことでしょう。

 【Ⅶ 終わりに】

 最後に申し上げたいことがあります。地方分権とは、これからの日本の形を考えることであり、皆さんのような若い人たちの仕事といってよいでしょう。
 スイスの歴史学者でブルクハルトという人がいます。文庫でも出ている『イタリア・ルネサンスの文化』などを書いた有名な学者です。この方は「人はただ限られた分野でしか専門家になり得ないが、できるだけ多くの他の分野で自分の知識を増やすよう努めなければならない。そうすれば、人生において様々な分野で物事を普遍的に見ることができるようになる。」、といった意味のことを語っています。
 皆さんもいずれ社会人として自立していくわけですが、ライフワークを大事にしながらも、自分の専門分野だけでなく、幅広く物事を学ぶように努めてほしいと思います。

 [質疑応答]

190619写真4(問)「ふるさと納税」については、納税先や納税額の割合を予め割り当てるようなシステム化を図る方がよいと思うか。それとも、納税先を個人の判断に委ねる方がよいと思うか。
(答)予め納税先を決めてしまうやり方ではなく、「納税者主権」という考え方に立ち、納税者自身の選択で判断できるようにするのがよいのではないかと考えている。具体的な内容は今後、総務省の研究会でも検討していくことになるが、その中で私自身の意見も述べていきたいと考えている。 

(問)国からの税源移譲は、住民税や「ふるさと納税」のような税制改革を通じた水平的な移譲と、交付税をどうするかという国からの垂直的な税源移譲という二通りのあり方が考えられるが、この垂直的な移譲のあり方についてはどう考えるか。
(答)法人税の税収などが右肩下がりにある現状の中で、国から地方に単純に税源移譲すれば、どうしても大都市に偏りがちになる。交付税の仕組みはそうした税の偏在を調整する役割も果たしているわけで、全体の配分等のコントロールをどうするか、受け皿としての自治体の均衡をどう図るかを併せて考えていく必要がある。 

(問)福井県は北陸新幹線の整備促進を強く求めているが、全国的には整備について批判もあるようだ。北陸新幹線の整備の意義はなにか。並行在来線の切捨てや運賃増につながり、地元住民にとって近隣へ移動する際の負担増になるのではないか。
(答)北陸新幹線の整備は、北陸の住民にとってのみ意味のある問題ではなく、震災のような災害時を含む危機対策、防災という観点に立てば、国にとっても国土軸を高速交通体系できちんと結んでおくというのは重要なことである。
 北陸本線のような並行在来線は福井県にとっても維持していくべき重要な路線と考えている。新幹線が整備されたからといって、切り捨てるべきものではないし、今の日本の国力を考えれば、維持できないはずはない。地域としても極力工夫して守っていく。

(問)福井県の市町村合併の状況を見ると、特に若狭地方の原発立地地域に財政の豊かなところが合併せずに残っているようだが、今後どのように指導をしていくのか。
(答)市町村合併は国や県が強制するものではなく、市町村の自発性を尊重すべきものと考えている。法的には知事は合併に関する勧告ができるようになっているが、行使する必要はないと思っている。自立してやっていくという自治体については、その気概をもって進んでいただければよいのではないか。



 

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