ふるさとの話に戻りますが、ふるさとのことを福井というフィールドで十分勉強してほしい、それを皆さんは学問なり実績の糧にしてほしいと思っています。
今、フィールドの話をしましたが、福井県ではいくつかの大学と福井県を舞台に経済学といいましょうか、社会学的な分野で研究をしております。一つは希望学です。これは、経済学はだいたい需要、何がどういう費用をもって如何に効率的に無駄なく欲求を満たすかという学問の追求だと思いますが、その前提としての心の問題といいますか、心情問題を扱うものです。政治的には何をなすべきかということの前提として、県民に希望はあるのか、将来に希望を持てるか、あるいは地域に希望を持てるかというそういう分野を探求しようという考えです。
アダム・スミスという方は、最近新自由主義でいろんなことを言われますが、彼の国富論の大本には、人々の心というものがどういうものであるかという心情を研究した学問がまず前提にあります。その大本の部分ですね、福井県の子どもたちが、あるいは年配の方が、福井で誇りをもって希望を持ってどうやって生活をできるかということを研究しています。これが福井県の場です。
もう一つは岩手県の釜石という町です。釜石は経済的に大変ですね、釜石は鉄鋼の町でしたが、重厚長大産業が崩れて、失業率が高く、生活水準が厳しい、そういう極端な釜石。
こういう極端な二つの場を対象に希望学を研究しています。
今、子どもたちの話をしましたが、福井県の小中学生の学力は日本一です。それから、体力も日本一です。学力テストでは、子供達が将来に対して希望を持っているかというのも聞いております。学力テストというのは正しくは学力・学習状況調査ということで、テストであると同時にアンケートもとっています。これは子どもたちにもとっているし、先生にもとっています。その中で、福井県の子どもたちに「あなたは将来に希望を抱いているか?」という趣旨の質問をしました。福井県の子どもたちは、学力はナンバーワンですが、希望はあまり高くありません。30~40位くらいだと思います。希望が高くないというのは気になります。生活も豊かだし、学力も体力もあるから、あまり気にならないのだという見方もありますが、必ずしもそうではないかもしれません。ですから、子供たちがいかに希望をもつようにするにはどうしたらよいかということを研究しようと思っています。
地方自治を考える場合、特に大学との連携、地元の大学と連携していかにその地域の水準を引き上げていくかが極めて重要だと思います。これはわれわれも努力しなければなりませんし、県立大学もそういう使命があると思います。ハンブルクではハンブルク大学、福井県では福井県立大学、福井大学にそういう努力をしていただくことが大事です。希望というのはかなり地域差があります。先ほど述べたドイツと日本とでは全然違います。太平洋側の南の方、鹿児島、宮崎、高知、和歌山、こういった県が希望をもっている子供の割合が高いのです。学力も高いのかというとそうでもない。そういう地域差があると思います。これはなぜだろうかというのが研究の対象になります。
それから、もうひとつは総合長寿学です。希望学は子供の経済学に関係しますが、こちらは大人というか少子高齢化の経済学になるかもしれません。今、年金、介護、医療など、様々な対策を講じていますが、皆さんの時代になると人生90年代になるでしょう。今、皆さんは20歳台ですから90歳の話をするのは恐縮ですが、90年台まで生きる準備をしなければなりません。勉強もしていかないといけませんし、健康にも注意して自分自身を大事にしなければなりません。そういう時代ですので、単に医療だとか福祉だとか個別にやっているのでは駄目で、高い水準で総合的に長寿を自治体としても研究していくことが必要です。福井県は健康長寿の県、全国的に最も長生きをする県であります。そういう県で、みんなが自分のふるさとの地域で、健康に老いていく、あらゆる学問、科学、医学、あるいは地域学を総合して、総合的に健康長寿を進める、こういう学問を今進めています。これはまた、千葉県の柏市でも行っていますが、ここは、高度成長あるいは団塊の世代のみなさんが東京に住めなくて、サラリーマンとして郊外にベットタウンに住み、そういうところでほぼ60歳を迎えている町です。そういう人が多い。家で農業やっているわけではありません。サラリーマンのOBですから、福井県よりも課題が多いと思います。しかし、高齢化問題にどうやって取り組むか、コミュニティをどう維持するか、そういう課題を、また福井県と別の視点で違う場所で研究していると思っていただければいいと思います。
学者によると、希望は英語で「Hope is a wish for something to come true by action」という定義のようです。Hope(希望)というのはwish(願い)であり、具体的な何かを行動によって実現しようとする願望である。一番大事なのは、総合長寿学でも同じかもしれませんが、「by action」、すなわち「行動」です。これは政治にもあてはまります。地方政治もそうです。住民のみなさんが、これから行動をとって世の中をそして地域を変えなければいけない。みんなが討論しているだけでは、福井県は良くならないし、永平寺も良くならないし、福井市もよくならないと思っています。これは言い換えると「ambitious」 です。
去年の今頃、南部陽一郎先生がノーベル物理学賞を受賞されました。この春に南部先生にお会いして福井県の子供たちのためにメッセージ、色紙をいただきたいとお願いしました。来月は福井市内にこども歴史文化館を開館し、県の偉人を展示します。もちろん南部先生のコーナーもありますし、漢字学の白川先生のコーナーもあります。メッセージをいただきたいと申し上げましたら、「Boys and Girls Be Ambitious!」をいただきました。「Boys be ambitious!」というのはクラーク博士が言った言葉で、そこに「and Girls」が入り、福井県の子供たちが「ambitious」になって欲しいということです。「ambitious」というのは普通、明治時代にはなんか野心とか大志とか少し立身出世的な言葉でありましたが、そうではなくて本当は希望をもって行動するという意味だと思います。これは、今日お集まりの皆さんもそうであります。「Ambition」を持たないと、学問をしませんし、これからの人生90年も生きていけません。