福井県立大学知事特別講義 「幸福と希望と経済学」

最終更新日 2011年12月8日ページID 016433

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 このページは、平成23年12月8日(木)に福井県立大学で行われた、知事特別講義をまとめたものです。

○ 経済学における幸福のとらえ方の変化


 今日は「幸福と希望と経済学」というテーマでお話します。

 皆さんは経済学を勉強しておられますが、ふつう経済学は、「限られた資源(モノやサービス)をうまく配分して、多くの人の幸福をいかに高めるかを研究する学問」であると定義されます。このように経済学の目的は、資源をうまく使って、世の中の人々が最終的には幸福を得ることだというわけです。

 県庁でも、皆さんより10歳から15歳年上の若手・中堅職員が経済学の勉強を始めています。その勉強会で使っているグレコリー・マンキューという経済学者の教科書には、第一原理として、「人間はトレードオフ(相反する関係)に直面している」と書いてあります。

 つまり、この考え方の基本は、何かを得るためには、他の何かを諦めなければならないという問題認識です。人間はいろいろな局面で何かを選択をしながら、幸福を目指す。これが経済学の基本的なパターンであると言っています。

 さて、「幸福」とは何でしょうか。お金がたくさんあることでしょうか。あるいは家族と仲良く暮らすことでしょうか。これまで経済学ではさまざまな難しさのために幸福という概念を漠然としたままに、学問上は物質的な豊かさを幸福の指標に代替してきました。

 したがって、経済学では、皆さんの服装やアクセサリーが気に入っているか、あるいは住んでいるマンションがいかに心地よいか等によって、幸福な状態になれるとみなしてきたわけです。

 アダム・スミスやリカードといった経済学者を知っていると思います。この2人はどうすれば国の富が増えるかを考えました。また一方、マルクスは、どうしたらこうした国全体の富が人々の間に平等に分配されるかを考えました。いずれにしても、モノやお金で表される豊かさを中心に幸福が考えられてきました。

 また、先日から日経新聞の「経済教室」欄で経済学者を解説するシリーズが始まっています。先週はハイエク、今週からはケインズが登場しています。どちらも第一次あるいは第二次大戦の前後に活躍した経済学者です。

 市場の自由を重視するハイエク、経済に政府の関与が必要であると主張したケインズ、それぞれの考え方は異なりますが、どちらも、戦中・戦後の混乱する状況の中で、どうすれば国や国民が平和で豊かになるかを考えています。

 しかしその後は、1970年代以降、経済的にも豊かになり成熟社会へと変化した先進国家という学者を中心に、経済学においては、幸福を考える際の研究対象が物質的な豊かさだけでなく、人間関係のつながり(ソーシャルキャピタル)や人々の満足度といった分野に広がるようになってきました。

 こうした考え方の先駆者は、アメリカの経済学者リチャード・イースターリンといわれています。1946年から1970年の期間にわたり、25年間のアンケート調査結果を基にした研究をしている。そして経済発展を遂げた先進国では、経済的な豊かさを表す所得の増加が幸福感に結びついていないとする「イースターリン・パラドックス(逆説)」を1974年に発表しています。

 最近では、ブルーノ・フライなどの経済学者がアメリカ人の1人当たりの実質的なGDPの伸びと幸福度の関係を調べたところ、1975年から1990年までに、GDPは19,000ドルから27,000ドルと約1.4倍になっているけれども、幸福度は少しも伸びていないという結果を明らかにしました。心の状態が物の変化ほどよくなるか、ということですから当たり前のところもあるかもしれません。

 日本においても、1981(昭和56)年から2005(平成17)年までの25年間の個人所得と生活満足度の関係をみると、1人当たりの実質GDPは270万円から420万円へと約1.6倍になっているにも関わらず、5段階評価の生活満足度は1~5のランクの平均で「3.5」から「3.1」に下がっています。

 最近、世界の各地でも、豊かさや幸福度と経済学との関係が話題になっています。こうした考え方は、1970年代、高度経済成長がかなり進展した時代に登場したものですが、こうした考え方が世界的に話題になってきているわけです。

○ 「幸福度」指標作成に向けた各国の試み

 
 それでは、次に「幸福度」について具体的な中身を申し上げたいと思います。

 2007年に、世界30か国が参加するOECD(経済協力開発機構)で、「一人当たりのGDPなどの伝統的な経済指標を超えたあらゆる国の社会進歩の測定に取りかかる」とする「イスタンブール宣言」を採択して、「社会進歩計画に関するグローバルプロジェクト」をスタートさせています。

 日本は、昨年2010年5月のOECDの会議で、国際的な比較ができるよう、国民の幸福度を示す世界共通の指標作成を呼びかけています。来年、2012年秋には、インドにおいて世界フォーラムが開催され、参加各国がそれぞれの「幸福度指標」を発表する予定です。

 こうした中で、世界の主な国の動きとして、まず、フランスのサルコジ大統領は、こうした世界的な動きと相前後して2008年に、2人のノーベル経済学賞受賞者、アマルティア・セン氏とジョセフ・スティグリッツ氏をリーダーとする「幸福度測定に関する委員会」を設けています。

 そして2009年に、委員会は報告書を発表して、「幸福は多次元(マルチ・デイメンジョン)なもの」であり、従来のGDPに加えて、「休暇日数や医療サービスなどの生活の質と環境保護水準などの持続発展可能性を考慮した『幸福指数』を活用すべき」と提案しています。大統領は、この年の9月にパリのソルボンヌ大学で講演し、この報告書に基づき、国の発展を示すモノサシとしてこの「幸福指数」を活用しようと提案しました。先月、フランスの国立統計経済研究所は「スティグリッツ報告書の実現に向けて」との報告書をEUの統計委員会に提出し、ヨーロッパ全体で「幸福指数」の実現を呼びかけています。

 また、イギリスのキャメロン首相も、フランスに負けてはならじと、国民の幸福度を示す新指標の策定をスタートさせています。

 イギリス統計局は幸福度を測るため、国民に対して「生活の満足度は10段階で何番目か」、「昨日はどれくらい幸せだったか」といったアンケートを今年の2月まで行い、今年の10月末に「幸福度指標」の案を発表しています。現在、国民の意見を聞くパブリックコメントを実施しています。

 イギリスの「幸福度指標」は、フランスの考え方と似ており、「人生に満足しているか」「妻や夫に満足しているか」「健康に満足しているか」「収入に満足しているか」など10の指標からなっています。自分の満足に関係するものが10指標のうち6つあるのが特徴です。

○「幸福度」指標作成に向けた日本の試み


 日本もこうした世界の動きの中で、昨年の12月、内閣府が「幸福度に関する研究会」を設け、「幸福度」を測る指標の選定を進めています。

 研究会では「日本が先進国の中でも幸福度が低い」ことが問題提起されました。皆さんの幸福感が、フランスやイギリスの大学生に比べて低いという状況をちょっと想像してみてください。

 たとえば、自殺者が多いとか、高齢者の幸福度も先進国の中で最も低い状況です。GDPの上昇が幸福感に結びついていないという「幸福のパラドックス」については日本も例外ではないということです。

 今週月曜日(12月5日)に、先ほど触れたOECDの「幸福度に関するアジア太平洋コンファレンス」が日本で開催され、「幸福度に関する研究会」は「経済社会状態」、「心身の健康」、「(家族や社会との)関係性」の3つの柱、132項目に及ぶ指標を提案しています。

 そしてこれから、これら132の指標を、子ども、若者、成人、高齢者というライフステージの違いに着目して取り出し、世代ごとの幸福度、例えば「大学生の幸福とはこういうことである」といった分析できないかの検討を進めることにしています。

 このように、多様な観点から幸福度を測ることの重要性・必要性が世界で共有されつつある状況です。ただし、誤解のないように言っておきますが、人の幸せのためには所得や経済成長が関係ないといっているわけではありません。所得や経済成長に加えて、今述べた新しい考え方が幸福に深く関わっていることを認識する必要があるということです。県立大学には、経済学に関する様々な分野の講座があると思いますが、まだ「幸福経済学」や「幸福統計学」はないと思いますので、こうしたことを十分意識して経済学の勉強を進めてほしいと思います。

○ ブータンの「国民総幸福量」


 ところで、このような幸福を捉え直す世界的な動きの先駆けとなった国はどこか知っていますか。

 先月、国交樹立25周年を機に、結婚間もない国王ご夫妻の来日で話題となったブータン王国です。インドの北にある人口70万人の小さな国です。人口は福井県よりやや少ないくらいです。

 現在のジグミ・ケサル・ワンチュク新国王の父上である先代のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王は、1976年に「GNHはGNP(国民総生産)よりも重要である」として、経済成長のみを重視する姿勢を見直し、伝統的な社会・文化や環境にも配慮した「国民の幸福」の実現を提唱したことで有名です。

 先月、区として「幸福度」を研究している荒川区の区長さんとともに訪日記念の歓迎レセプションに招待され、結婚のお祝いを申し上げました。また、レセプションでは、福井県のことを紹介する親書をお渡し、英語で「Fukui is the prefecture with highest happiness in Japan」(福井は日本で最も幸せな県である)と国王に申し上げました。

 ブータンの2010年の1人当たりGDPはどれくらいか知っていますか。日本の約20分の1で世界182か国中124位です。にもかかわらず、2005年の調査ではブータン国民の約97%が「幸せである」と回答しています。

○「日本一幸せな県民:法政大学の研究結果から」


 皆さんもテレビや新聞で目にしたと思いますが、先日、「日本一幸せな県」として福井県がランキングされました。

 これは、法政大学大学院の研究チームが「47都道府県の幸福度」について様々な統計データを使って、順位付けを行ったものです。

 この研究チームが用いた「幸福度指数」は、「生活・家族」部門、「労働・企業」部門、「安全・安心」部門、「医療・健康」部門の4つに分かれています。

 経済的な豊かさのほかに、正社員比率、悩みストレスのある人たちの割合、休養時間なども入っています。ハード面、ソフト面双方が評価されている指標ですので、一度ホームページ等で見ていただきたいと思います。

 なぜ福井県が高い評価となったのか、少し分析してみたいと思います。

 本県の経済指標をみると、大企業は少なく(全国45位)、世帯主の収入は全国中位(全国26位)である一方、世帯全体の実収入になると、全国でトップクラス(全国1位)になります。

 個人の所得はあまり高くないにもかかわらず、「世帯」を全体とした収入をみると全国トップクラスになるのは、「三世代同居や近居」を中心とする支え合いが残っているためです。

 また、社会的な関係を表す、いわゆるソーシャルキャピタル(人々のつながりなどを示す指標)の指標においても、福井県はすぐれた数値を示しています。

 例えば、未婚率や出生率は全国平均よりも大幅にすぐれており、介護サービスを受けていない健康な高齢者の割合(65~75歳)も全国1位です。
また、ボランティアなど社会貢献活動をする人の割合も全国2位と高くなっています。

 また、最近では全国的に有名になりましたが、子どもたちの学力や体力も全国トップクラスであり、人材的にも優れていると言えると思います。

○幸福から希望へ


 次に、「希望」についてお話しなければならないと思います。「幸福」は日本一ですが、福井の人たちは希望を持っているのか。どうすれば希望はかなうのかということです。

 東京大学の希望学の研究チームが平成19年から福井県で産業、行政、人々の暮らしなど幅広く希望に関する調査研究、「希望学プロジェクト」を進めています。

 チームは、今年の3月に福井県で「福井の希望と社会生活調査」という大規模なアンケート調査を行いました。その調査の概要が先週の土曜日(12月3日)に敦賀で研究発表されました。

 そのアンケートの中に、「生活の満足度」を聞く項目があり、それによると、県民の85%以上が福井県での生活に「満足している」あるいは「やや満足している」と回答しています。

 このように「生活の満足度」が高い福井県ですが、それでは、知事は何もすることがない、あるいは県立大学ではいろいろな研究する必要がないとか、そういうわけではありません。その先に行かなければならないと思います。

 幸福は「今の状態がこのままの続いてほしい」と現在の状態の維持や継続を求めるものです。恋人同士や結婚したばかりの二人がいつまでも一緒にいたいと願うのも幸福です。また、今の皆さんの大学生活、誰にも拘束されない自由な時間も、まさに「幸せな状態」といえるかも知れません。

 この幸福のさらに先にあるものが希望ではないかと思います。例えば、恋人同士が結婚しようとか、もっと勉強するために大学院に進みたいとかいうのが希望です。

 この幸福についての話に関連して、少し話題が広がりすぎるかもしれませんが、フランスの哲学者アランを取り上げたいと思います。先日、NHKの教育テレビの「100分de名著」という番組でアランの「幸福論」が紹介されていました。

 その中でアランは幸福の例として、お芝居をあげています。「つまらない芝居を見ると退屈する。しかし、自分が主役でなくてもたとえ端役であっても芝居に出ているときはどんな芝居でも退屈しない」と言っています。当然ですね。

 つまり幸せになりたい人は、ともかく舞台に上がらないといけない。幸福を得るためには、人生の主役になって前向きに行動することが何より大切であるということです。

○希望学ブロジェクト・「ふるさと希望指数」の研究


 「希望学プロジェクト」も同じような考え方です。「希望」を「行動によって具体的な何かを実現しようとする願望」と定義しています。

 大切なことは行動することだということです。福井県では、他の県と一緒に行動を起こすべきと考えて、青森、山形、島根、熊本など11県の知事が集まる「ふるさと知事ネットワークをつくり、福井県がリーダーとなって、「ふるさと希望指数 LHI:Local Hope Index)」の研究を進めています。

 「ふるさと希望指数」のポイントは3つあります。

 1点目は、アンケートをもとに希望に係わるテーマとして「働く(仕事)」・「楽しむ(家族)」・「保つ(健康)」・「向上する(教育)」・「助け合う(地域交流)」といった個人の行動を重視したことです。

 2点目は、「結婚して新しい家族を持つこと」、「健康の維持に努めていること」、「社会貢献活動や地域活動に参加していること」など、人々の「希望」と深く関係している「行動」を探りあてたことです。

 3点目は、統計データについて、「現状データ」と、基準年からの「変化率」の2つを複眼的に見て、変化に注目したこと。幸福に結びつく現状データだけでなく、将来に向っていく変化を取り入れたところが大きな特徴です。

 これらの要素を最もよく表す統計指標、例えば結婚率、就業率などを、五つの分野20の要素において選び出し、データ化しました。今の状態が良くなくても、たとえ十分幸せでなくても、将来に向かって行動することが大切であると考えています。

○まとめ


 「希望」の実現には、行動が大切であると言いましたが、若者の約8割が「何か行動したい」という希望を持っているものの、実際に行動している人は、そのうち半分以下にとどまっているという調査結果があります。

 極端に言うと「何かやりたい」と6割から8割の人が思っていても、実際に行動するのはそのうち1割から2割という分野も多いのです。

 福井の将来を担い、これから地域社会の中心となって活躍していくのは皆さんのような若い世代です。こうした若者に対し、活躍するきっかけをつくり、その活動を応援するため、今年度から県では「若者チャレンジ応援プロジェクト」を進めています。

 県立大学では、下谷学長を中心にして国際化など新しいことを進めておられますが、自分の生活を少しずつ変化させていく努力を何としてもしてほしい。皆さんなら必ずできると私は思っています。

 昨日夜、「赤毛のアン」の劇映画を見ておりました。主人公のアン・シャーリーは「希望」の実現のために行動する女性だと思います。想像力が逞しく、型破り、そして無鉄砲です。夏目漱石の坊っちゃんを女性にしたようなところも性格の一部に持っています。

 行動することが大切です。アンのように想像力たくましく多少無鉄砲なところがあってもよいと思います。いろいろなことにチャレンジをする、行動することによって展望が開かれます。

 ささいなことであっても展望が開かれる実感を自分の体の中に得る機会を増やすことが、人間として、また学生として進歩することに繋がると私は思います。そうした経験を重ねていただきたいのです。

 時間が来ましたので、もっとほかに申し上げたいこともありますが、これで私の話を終わりたいと思います。
 



 

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