今回、慶応義塾大学と福井県との間で環境問題について共同研究を進め、中間的な報告をさせていただくことになりました。小林良彰先生をはじめ関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます。
私からは、ご挨拶を兼ねて概括的なお話しをさせていただきます。
まず、慶応義塾大学と福井県との縁についてお話をいたします。慶應義塾大学は、今年めでたく創立150年を迎えられました。心からお祝いを申し上げます。日本のみならず世界にその名を轟かせておられる大学として長い歴史を刻んでこられましたことに、深く敬意を表します。
福澤諭吉先生は、大分の中津藩士のお生まれと聞いております。1月ほど前に中津に行き、福澤先生のご生家や勉強をされたと言われる土蔵を拝見いたしました。
福澤先生が中津藩藩主に呼ばれて江戸の中津藩・中屋敷で蘭学塾を始めたのが、慶応義塾の発祥と聞いております。今からちょうど150年前、1858年のことです。
この慶応義塾の発祥につきまして、福井県との間に少なからぬ縁があります。
福澤先生の蘭学塾は江戸・鉄砲洲(てっぽうず)の中津藩・中屋敷で開かれました。この同じ場所で、これより約90年ほど前の1771年頃に福井の小浜藩の藩医であった杉田玄白先生が「解体新書」の翻訳を行っております。
杉田玄白先生と共同で翻訳にあたられた蘭学者に前野良沢先生という方がおられますが、この方が中津藩医であった関係で、この中津藩・中屋敷を使わせていただいたということです。辞書すらない中で、オランダの解剖書「ターヘル・アナトミア」を苦労しながら解読したというのは有名な話であります。
先だって亡くなられましたが、作家の吉村昭先生がこのお二人のやり取りを小説「冬の鷹」にまとめておられます。この吉村昭さんの奥様の津村節子さんが福井出身の小説家であるというご縁もあります。
杉田玄白先生が解体新書を解読していた頃の苦労話を、後に回想記としてまとめた「蘭学事始」(らんがくことはじめ)という書物があります。江戸時代中期のもので、当時は写本が数冊伝わっていたとのことでありますが、100年後にこれを手にした福澤先生が私費を投じてこの本を刊行したことで、一般に読まれるようになったそうです。
明治23年に「蘭学事始」が再版された際に、福澤先生が寄稿された「蘭学事始再販の序」によれば、繰り返しこれを読まれて、ほとんど知識がない状態で西洋の医学書の翻訳に挑んだ先人の偉業に感服して「感涙にむせび泣いた」と述べておられます。
現在、築地の聖路加国際病院の前にある「慶応義塾開塾の地」の石碑の横には、「蘭学事始の碑」が建てられております。この地を訪ねると、私たちは、「慶應義塾の発祥」と「福井出身の杉田玄白の偉業」という二つの出来事が同じ場所で起こっていたことを実感するわけであります。
しかも、これらの出来事は、福澤先生の手によって広く知られるようになったのであり、慶応義塾と福井県の深いつながりを知ることができるわけであります。
さて、福澤先生が江戸で蘭学塾を開くまで、大阪の「適塾」で塾頭の立場におられたことは、先生の自伝などにその様子が書かれております。
この適塾には、幕末の福井藩士、橋本左内先生が学んでおられたことも知られています。来年は安政の大獄から150年目にあたる年で、福井の橋本左内先生や梅田雲浜先生が志半ばでその生涯を閉じられたのであります。
そして、福澤先生と橋本左内は同じ天保5年の生まれの同い年であります。橋本左内は15歳から17歳まで適塾に在籍しており、20歳の時に入門された福澤先生とは机を並べたことはないようですが、同門の間柄として何度か面識があったようです。
作家の童門冬二さんが昨年書かれた「幕末・男たちの名言」という本に、このようなエピソードが載っています。
「橋本左内は昼間の適塾での学習が終わると、夜そっと塾を抜け出して、訳のわからないことをしている。実際には、大阪の橋の下に寝ている病人やけが人を治療していた。それを誤解した福澤先生はこっそり跡をつけたが、それを知って友情を深められた」というものです。
さて、杉田玄白や橋本左内が江戸で活躍したように、また、福澤先生が大分・中津藩の出身であったように、江戸時代には既に地方が都市に人材を供給していたことがわかります。
現在も同じで、この慶應義塾大学の学生の4割は首都圏以外、いわゆる「地方」出身の方々であります。
また、東京圏では電気を日本海側の新潟県や東北の福島県に依存しております。水も群馬県や奥多摩地域に依存しています。
関西圏の人口は約2000万人ですが、このうち7割は飲料水を琵琶湖に依存しています。そして、福井県には15基の原子力発電所がありますが、ここから供給される電力エネルギーは関西の使用電力量の約半分を賄っています。
水や電気、人材など都市の存立の基本に関わるものを都市と地方とがやり取りしながら日本を支えています。都市と地方との間には、「人材」の循環に加えて、水や電気、食料などの「資源」、これからお話します「環境問題」などを視野に入れますと、大都市と地方の関係を見直し、その意義付けを考えることが重要だと思っております。
ここで、「地球温暖化」について、地方や国は何をすべきかを考えてみたいと思います。
地球温暖化問題は、直接「目に見えない」、「遠い」という性質を持っています。われわれ行政も様々なCO2対策を行っていますが、理解を得られていないことが多いと思います。
砂漠の面積が拡大しているとか、氷河が小さくなった、南極の氷が小さくなったなどと言っても、「遠い」地域の問題ととらえられています。
2050年には大変なことになりますよと言われても、日々の暮らしに追われている人にとっては、まだまだ先の話でありまして、今は普通に暮らせますので、時間的にも「遠い」話になりがちであります。
「目に見えない、遠いもの」について、何かが増えた、減ったといっても実感できるものではありません。実感できるのは、せいぜいで身近な森林の保護くらいかなということであります。
その一方で、排出権取引やカーボン・オフセットなど、様々な新しい市場主義的なシステムなどが現れてきますと一層わかりにくいと思う訳です。
温暖化対策の様々な現実を見ますと、国内の様々な地域でバラバラにやっている印象がぬぐえないのであります。「温室効果ガス削減」の名のもとに、ペットボトルやプラスチックごみを分別収集するところがあるかと思えば、一緒に燃やしてしまう町もあります。
御祖父が福井県大野市のご出身で、福井とも縁の深い養老孟司先生は、著書の中で「いま政治に関わる人たちは、身近な問題として本気で環境を考えているのか」と述べられています。
「CO2の発生がどれほどあって、どういう影響があるのか、自らが分析したわけではないのに、世界の科学者がこう言っているのだからと、本当に意味があるかどうか分からないことをバラバラにやっている」とおっしゃっています。
養老先生は、「環境問題には3つの大きな極がある。一方の極は『自然環境問題』、もう一つは『ごみ問題』、そして『国家安全保障問題としての環境問題』である」とわかりやすく述べられています。
「美しい自然を守ること」、「人間が生活することで環境を壊さないこと」、そして「これから国際間で大きな問題となりそうな水や食料の問題」に国を挙げて協議したり、対応すべきで、その上で温暖化対策に臨むべきだということであります。
「地に足を付けて」環境問題と向き合うべきであり、あたかも温暖化対策だけが環境問題の中心であるというような風潮には、疑問を呈しておられるのであります。
そして、環境行政の進むべき道ということになるわけですが、福祉の問題を例に挙げてお話したいと思います。
「福祉政策」が拡大されていった時期は、高度成長による豊かな財源に支えられており、スクラップなしのビルドが可能であったという恵まれた条件の下で、追加的な行政需要にも応えていくことができたのですが、一方で、その充実によって高度成長のひずみを是正する、という側面も持っていた訳であり、福祉政策そのものが経済成長の果実であったように思っています。
環境問題もまた、同じように経済成長がもたらした地球規模の問題でありますが、その対応が求められている現代にあっては、かつての福祉の時代とは状況が違って、日本においては成長がもたらす財源が見込めないという厳しい状況であります。
したがって、環境問題は、今回の共同研究のように、大学の知識、行政現場での考え方、国民や県民の英知を結集していけるような工夫を凝らして、新しい道筋を探っていかなければならないと思っております。
福井県では、今年、「環境基本計画」を策定いたしましたが、そのテーマは「自然環境」「生活環境」、そして「人づくり」という方向で臨んでいます。
特に、小中学校では環境に特化した教材を全国で初めて作成し、小中一貫した環境教育を始めたいと思っております。
例えば、福井県は身近に山がありますが、子どもたちは残念ながら眺めるだけで、あまり登ってはおりません。海も近いのですが、海上から住んでいる陸を眺める機会はそんなにはありません。田んぼや畑もたくさんありますが、そこで作物を育てるという経験はあまりしていません。
私は20年来にわたり家庭菜園をしていて、1年間に20種類くらいの作物を栽培していますが、こういうタイプの人間は珍しいと思っています。
もう一つは、モノを修理して使う習慣を根付かせたいと言いますか、リサイクルしたものがうまく回っていく福井県にしたいと思っています。
あまり奇をてらわずに、問題の本質をしっかり捉えて、自分たちの言葉で判りやすく説明し、県民と一緒に考えていく、それが地方における環境行政のあり方ではないかと思っています。
さて、最近、福井出身の南部陽一郎先生がノーベル物理学賞を受賞されました。先生は17歳までを福井で過ごされ、現在はシカゴに住んでおられます。
直接お祝いの電話をしましたところ、南部先生からは、「私がこういうことができたのも、昔から福井の教育が良かったという恩恵を受けている」とおっしゃっていただきました。
われわれ政治を預かるものにとって、人づくりは重要ものであります。
昨年から「全国学力・学習状況調査」が実施されていますが、福井県はこの調査で、小学校6年生が全国2位、中学校3年生が全国1位と、総合的には極めて学力の高い県であります。この調査は、昨年43年ぶりに再開されたものですが、当時も福井県は3位や4位でありました。
このため、全国から教育関係者の視察が相次いでいるわけでありますが、学力は学校のみならず地域の環境が重要であります。福井県は共稼ぎ率が全国第一位で、女性の社会進出が進んでいます。また、三世代同居率も全国一で、核家族が相対的に少ない県です。そこで、働きながら子育てしやすい環境整備を進めています。
また、子育てに関わる指標で「合計特殊出生率」という統計がありますが、福井県は3年前に全国で初めて低下の傾向が上昇に反転した県であります。
福井県では、若い人の縁談にも関わっています。いらぬおせっかいということもあるかと思いますが、最近は「迷惑だけど、ありがたい」と思っていただいているようです。
ところで、福井県では毎年3,000人が高校を卒業すると進学や就職で都会に出て行きます。そして、4年後はどうかと申しますと、そのうちの1,000人くらいしか戻ってきません。その差の2,000人は都会で活躍されています。それは、決して悪いことではないと思っていますが、私の立場から言えば、できるだけ多くの若者に地元に戻ってきてほしいと思っています。
合計特殊出生率について、福井県の数値は1.52で、最も低い東京都の1.05と比べると概ね0.5の差になっています。女性が2人集まれば、生まれる子どもの数が1人違うという計算になると思います。
地方の自治体は厳しい財政状況の中でも、保育所の整備を進めて待機児童をなくし、延長保育や子どもの一時預りなどを充実するなど努力してきました。このように一生懸命取り組んでいても、大都市に流出してしまうのでは、なかなか切ないというのが実感であります。
一人の子どもがゼロ歳から高校を卒業するまでに、もちろん国庫も含まれてはいますが、地方の自治体は1600~1700万円の税金をかけています。
これを何とかしなければならないということで、「ふるさと納税」という提案を行いまして、今年から実施されています。
この制度は、わかりやすく言えば、「ふるさと」の県や市町村に寄付をすると、今住んでいるところの税金が、その分安くなるという仕組みです。地方から都会に出ていられる方は、ぜひ自分の田舎に「ふるさと納税」をしていただきたいと思います。年収の1%くらいが上限だと思います。
大都市で就職している人が、故郷の自治体などへ寄付を行った場合に、これに見合った額を所得税と個人住民税から控除する制度でありまして、納税者が故郷に恩返しするといいますか、税金の行く方を決定するというものであります。
今はお金の話でありますが、将来的にはUターンやIターン、そして「ふるさと貢献」をいかに進めていくかが重要だと思っています。
さて、今回の共同研究の目指すものでございますが、大都市や地方で、人材やエネルギーなど様々な資源がどのような状況にあるのかということを統計的に理解して、可能なところから解決していくということが大事だと思っています。
東京にいると新幹線や高速道路はもう要らないと思うかもしれませんが、地方ではまだまだ必要なのです。日本の国土はまだリングが繋がっていないので、まずそれを繋いでいただいて、大都市と地方の流通というか相互の交流をスムーズにできるようにすることが重要であると思います。
そして、今回の電力に着目した共同研究について申し上げますと、小林先生にご指導いただいて、地域による環境貢献について、電力に的を絞って提言していこうとしております。
なぜ電力なのかと申しますと、電力は地域ごとの生産から消費までが明確に把握されており、しかもこれを数字で表すことができるので、先ほど申し上げた「見えない」、「遠い」、やっかいな温室効果ガスの姿を「見える化」することが可能なのです。
国民や県民が自ら行動して、環境に対する貢献を率先して行うためには、まず、その現状を目に見えるようにして、それぞれ、どのように行動をとるべきなのか考えることがきっかけとなります。
のちほど小林先生から、「環境貢献度マップ」や国に対する政策提言の方向性について報告が行われることになっていますが、この「環境貢献度マップ」は、電力に着眼点を置いて、その需要や供給の両面から分析し、環境貢献のためにそれぞれの地域が行っている努力の程度を目に見える形で導き出そうという試みだと思っております。
電力の消費地と生産地とは送電線でつながっておりますが、この研究を通して、お互いが環境貢献という共通の目的の中で、支えあいながら、分担しながら歩んでいく姿が見えるようになるのではないかと思います。
先ほどお話した「ふるさと納税」やインフラの整備といった「都市と地方のこれからのいろいろなあり方」について、地球温暖化問題という今日的課題を通して、わが国の進むべき道を示すものの一環であると思っています。
また、この「環境貢献度マップ」と同様の事業が、環境省の平成21年度概算要求に盛り込まれるなど、この共同研究と方向を一にした動きも出てきているようです。
電力を通じた環境貢献でありますが、国のエネルギー白書をもとに、日本のエネルギーの状況を見ますと、原子力、水力、地熱、新エネルギー等は、そのほとんどが電力に転換されて消費されているものです。
一方、石油や石炭、天然ガスは、電力への転換の割合は全体的には小さく、そのほとんどが燃料や原料として消費されています。
家庭におけるエネルギー源の推移は、その割合だけで見ると、電力の占める割合はおよそ40年間で、23%から48%へと倍増しています。
エネルギー消費量の総量自体も増えているので、実際のエネルギー量で比較すると、電力の消費量は4.7倍に膨れ上がっています。
今後、さらに技術開発が進展していけば、家庭で消費するエネルギーのほとんどを電力に転換することも可能だと思います。既に、オール電化住宅や電気自動車などが生活の中に入ってきています。
それで、電力に着目して地球温暖化対策を考えることは普遍性があることだと思っています。
これから様々な研究が進められ、再生可能なエネルギーの普及ということも必要であると思います。
そして、わが国の将来のエネルギー需給バランスを考えて、電力生産の中心を再生可能エネルギー中心にシフトしていくのか、その規模をどの程度まで高めていくのかについて、国がそのビジョンを明確に示していくべきだと考えています。
発電原価で比較しますと、再生可能エネルギーと呼ばれる太陽光や風力による発電コストは、従来の水力や火力、原子力による発電コストをはるかに上回っています。
再生可能なエネルギーにシフトすることにより、発電コストが上昇することを見越した上で、その上がり幅を長期的に平準化する手法や、地域ごとの環境貢献に応じて資金を配分する手法なども考えられると思います。
ドイツでは、再生可能エネルギーによる発電電力を、電力会社が通常の電力より高く買い取る制度を設けたことで、太陽光発電装置の設置が日本を抜いて世界一になったとのことです。
こうした制度をそのまま日本で取り入れるかは別としまして、これらも参考になると思います。
また、最近の新聞などで、電力事業者の新エネルギー導入を促進する動きも報道されているようでもあり、地球温暖化対策に様々な手法を取り入れて対応していくことが大事なのだと思います。
これまで、今年の6月から約半年あまり、慶應義塾大学と福井県との間で、地域における環境貢献のあり方について議論や研究を重ねてきました。
国がリードしていくべき地球温暖化対策について、地方から学問的な裏づけのある制度提案を行うことを目的としており、今回はその成果を中間的に公表するシンポジウムであります。
省エネや新エネの導入など、電力は、具体的で誰にも分かりやすい形でのCO2対策に、アプローチする窓口であると思います。
慶應義塾大学のもつ先端の研究成果を活用させていただきながら、国内の地球温暖化対策を加速させるための国による政策誘導の手法について、財政面や税制面から具体的な提言をまとめてまいります。
今回の提案が、地方から日本を変えていくひとつの足がかりになればと思っております。
ありがとうございました。
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