福井県中学校長会研究大会での講話

最終更新日 2010年2月4日ページID 008684

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 このページは、平成21年5月8日(金)にウェルシティ福井で行われた、福井県中学校長会研究大会での知事講話をまとめたものです。

210508講演写真1 県中学校長会の研究大会でお話をする機会をいただきありがとうございます。限られた時間でありますが、日頃思っていることを申し上げたいと思います。

 今年は、桜の咲いている期間が観測史上最も長かったように思います。調べましたところ、18日間もの長い間咲き誇っていたそうです。県庁周辺の石垣や桜も夜はライトアップされ、多くの方々に楽しんでもらっています。市民の楽しみが増えたのではないかと思います。

 さて、6月に全国植樹祭が一乗谷朝倉氏遺跡を中心に開催されます。昭和37年に前回の植樹祭が開催されていますので、ちょうど47年ぶりということになります。この植樹祭については、様々な県民運動を展開しております。県内の中学生には、下草刈りの手伝いや種まきなどに取り組んでもらっています。天皇皇后両陛下をお迎えしての大会でありますが、一過性のイベントとして終わらせず、継続して県民運動に取り組んでいきたいと考えています。
 昭和37年の植樹祭のテーマを見ますと「湿雪地帯の拡大造林と森林生産力の増大」と書かれています。当時は、湿った雪の降る福井県の植林をどのようにしたらよいか、生産力を上げるのにはどうしたらよいかという、人々の観念が「ものの生産」という見方であったということです。
 今回の植樹祭のテーマは「未来へつなごう 元気な森 元気なふるさと」です。環境とか未来とか、見方によってはあまり現実的な表現ではないですね。最近のヒットポップスの歌みたいにイメージに流されるおそれもあるからです。もし昔の人が突然現れてこのテーマを見ますとそのように感じるかもしれません。万事、世の中が物から心情へと移っているのではないでしょうか。

 さて、少し脱線しましたが、いろいろなことを考える上で、昔は物事が非常にはっきりしていました。教育も同じです。最近はぼんやりしているところがあります。「心の何とか」とか「子どもたちと向き合う」とか、具体的に何をするのかよく分からないところであります。教育現場での言葉づかいや仕事の仕方が、システムにとらわれて抽象化している傾向かと思い、この例を取り上げました。
 それはともかく、福井県は学力・体力なども全国上位であり、健康長寿で三世代同居、そして元気なおじいちゃんやおばあちゃんがお孫さんの面倒を見ているという県であり、いろいろな面で注目されています。全国植樹祭を契機に、こうした福井の魅力をアピールしていきたいと思っています。

 次に、この4月から県庁の中に「観光営業部」という、売り込んでいく部を設けました。従来の産業労働部の仕事がメインではありますが、考え方が違うという訳です。ふるさと帰住、ふるさと納税などもこの部の仕事です。恐竜に関することも教育委員会からこの部に移管しています。
 そして、なんといっても「営業」という言葉を付けています。福井県を売り込んだりアピールしたりして、頑張っていこうということです。
 教育委員会も「営業」と関係があると思います。永平寺中学校の長年の教育が全国的に注目されていますが、福井県の教育水準が高いということを、まず自分たちがよく理解し、そして県民にもお知らせする、他県の教育委員会や校長先生にも分かってもらい、良いところは取り入れてもらう、これは教育としてはどうかと思いますが、営業的だと思います。
 全国の都道府県の中で「営業」と名付けられた部を置いたのは、福井県が初めてです。県庁が総合力を発揮し、県民の皆さんとともに「福井」を売り込んでいこうということです。
 幸いにして教育を例に取りますと、先生方が頑張っていただいて福井が良くなってきました。更にクオリティを一段階上げて、全国に売り込んでいこうというタイミングかと思います。したがって、これからは様々なことを外に向かって働きかけるという行動をしてほしいと思います。学校も学校の中に閉じこもらないで、周りの社会に売り込んでいくということをしていく必要があります。「自分たちは一生懸命やっている、問題はない」と言っても、よく理解をしてもらわないと一生懸命やっている意味が分かってもらえません。家庭でも同じです。「私は校長として一生懸命やっている」と言っても、家族によく分かってもらわないと一人でやっている感じになってしまいます。

 さて、ここ1、2年で、福井の良いところがようやく全国にもアピールすることができたと思っています。昨年11月には「小学館DIMEトレンド大賞」の特別賞を受賞しました。これは、学力が一つのファクターとなっており皆様のおかげだと思います。
 学力・体力ともに全国最上位にある教育が、福井の代表的なブランドになったと思います。「教育をブランドとは何事か」と思う先生もいると思います。先生方が家庭や地域と連携し、長い間真面目に教育を進めていただいたこと、そして他県のように塾に任せた方がよいとか、学校の中だけで仕事をすればよい、と考える先生が福井にいないことが、今回の結果になっていると思います。
 昨年の夏から今年の3月までに、県教育委員会への視察や取材は50件ほどありました。全国紙や雑誌などにも数多く取り上げられました。ここで皆さんにお願いしたいのは、是非全国の先生方と情報交換を行い、福井の良さをPRしていただくと同時に自らも他県の良さを知っていただきたいということです。
 そして、その水準をさらに高めていかなければなりません。福井県の学力・体力の全国における水準は、数年間で大きく変動することはないと思います。しかし、油断は禁物です。各都道府県が学力向上に一斉に力を入れ始めていることを、私はひしひしと感じています。ぼんやりして相対的に学力が下がるのは全く難しくない訳です。
 例えば、秋田県は昭和39年の全国学力テストでは、小学生が43位、中学生が39位と下位でしたが、今では福井県と並んで全国トップクラスにまで躍進し、また数年間これを維持しています。地元秋田県の新聞によりますと、平成13年にスタートした秋田県独自の少人数教育、教育委員会と先生方が一緒になって教材研究・開発を積極的に行ってきたことなどが功を奏しているようです。
 秋田県は6、7年で成果を出しています。100%そうだとは言えないかもしれませんが、6、7年努力すると1番や2番になれるということです。スポーツでいいますと、6、7年経つと、ゴール前に各県が一斉に並んだ状態になるかもしれないということです。そのように考えると、福井県がよく努力しないと、みんなとよく似てしまうことになります。10年も経たないうちに順番が入れ替わるかもしれません。もちろん順番だけが全てではありません。総合力を発揮し体制を整えて日々改善していただくことが重要です。
 つまり、福井県の教育が全国でまさに試されているということです。チャレンジを受けている、“Be challenged.”であります。皆さんには校長の立場でプライドと同時に危機感をもって学校運営に望んでほしいと思います。
 
 ところで、皆さんにお配りした資料は「時事評論」に半年間毎月掲載したものです。最後のページの『「平均の力」と自治体の発展可能性』は3月に掲載されたものです。学力・体力を例に挙げて自治体の発展可能性を考えたものです。このことについて皆さんにお話したいと思います。
 学力・体力が日本一というのは、福井県という自治体あるいは教育界が持っている「平均の力」です。皆さんの多くは、これまで福井県の教育は良いと思っていても、普段は全国1位とか2位を意識したり実感したりすることはなかったと思います。全国調査が実施されたことにより、「福井県の教育はやはり良かったんだ」という誇り、自信になりました。この「平均の力」というのは、例えば「健康」と性質が似ていると思います。血糖値、血圧など心配の種となるデータがありますが、何も問題がなければ何も感じません。当たり前だと思います。平均の体力や健康力があるということです。福井県の学力・体力はそういうものであります。
 平均が良いということは、大きい組織やライバルに勝てる戦略、ファクターであると思います。東京にも大阪にも平均力では勝てるということです。高校野球や駅伝で優勝するには特別の幸運と努力も必要ですが、平均力では「寡民の小国」でも勝てるということです。小さな中学校でも勝てますし、大きな中学校が勝てるとも限りません。町の真ん中にあっても勝てるとは限りません。山の中にあっても勝てます。このような「平均の力」を意識して、様々なことにチャレンジしてください。
 PISA(OECDの学力到達度調査)やTIMSS(国際数学・理科教育調査)などの国際的な学力調査では、フィンランドやシンガポールといった小国寡民の国が世界の上位を占めています。学校でもいろいろなことに取り組む場合、まず平均力を上げることに力を注いでいただくと良いと思います。その中から突発的な力というものも起こりうると思います。世界的なプレーヤーや全国大会に優勝できる子どもが現れるかもしれません。いじめや不登校の問題にも対抗できるのが平均の力ではないかと思います。
 この文章にも載せましたが、ローマ帝国の歴史「ローマ史」を書いた有名な歴史家にドイツのモムゼンという人がいます。ちなみにモムゼンは、第2回のノーベル文学賞をトルストイと争って受賞しています。モムゼンは、シーザーつまりカエサルを、ローマが生んだ世界史的な創造的天才と評していますが、シーザーがつくったローマ帝政についてはあまり評価をしていません。なぜなら「天才の理想にかかわらず、ただ制度や組織が表面的に拡大したに過ぎず、内部的には死んだも同然の体制になってしまった」と考えているからです。つまり、どのような大きい機械でも、小さな蜻蛉や蝶々のような有機体には劣っているというようなことが「ローマ史」に書いてあります。
 学校も有機体であり、機械ではありません。生き物なのです。学校という生き物を生き生きと動かすのは、校長であります。あらぬ権限を振るって学校を死んだも同然のようにしてはならないのです。
 このように「平均の力」を大事にしてください。最近は特に、やれ学力だ、理解力だ、読解力だ、判断力だなどと、子どもたちの方に「力」ばかりを求め過ぎていると思います。むしろ「力」が要求されるのは校長や学校側でであって、子どもたちにあまり要求しないようお願いします。

 ここで、個別的な話に入りますが、白川文字学を中学校で教えていますか。中学校で漢字は何文字教えますか。以前は、小学校では1006文字で、1年生から6年生まで教える文字に区分がありました。ところが、白川文字学を福井県で学ばせたいと文部科学省に学習指導要領の漢字の制約撤廃をお願いしたところ、OKをいただきましたので、現在は小学校で例えば1200文字教えてもよいですし、それをテストし評価しても大丈夫です。3年生に6年生の漢字を白川文字学の体系に沿って教えても大丈夫です。
 中学校においても、ぜひ白川文字学を活用していただきたいと思います。漢字こそ子どもたちの最初のつまずきの大きな石であり、工夫をして取り除くことをしてやらなければなりません。そのためには白川文字学が有効ではないかと考えています。特に、国語系の校長には白川文字学の研究をしていただきたいと思います。できれば、白川先生の本をグループでもいいのですが、読破して教育に活かしてほしいと思います。

 先月末、ノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎先生と大阪大学理学部の研究室でお会いしました。先生は88才になられました。1930年頃の福井の絵地図の複写を先生にお渡ししました。昔の中学校や師範学校、日赤、県庁も載っていました。おそらく現在の中学校があるところは田圃だったと思います。そのような写真をお見せしましたところ、先生は眼鏡もかけずに字をお読みになり、「ここに中学校があるね、ここは小舟渡だね、水泳をしましたよ。森田はここだ」とおっしゃっていました。ノーベル賞を受賞されるような頭脳の高い人は、体力も優れており平均の力も優れていると感じたところです。
 その際、南部先生から校長に伝えてほしいというお願いがありました。子どもたちからたくさんメッセージや手紙が届いているが、一つひとつ返事を書いていないのでよろしく伝えてほしいとのことでした。そのような生徒がおられたらよろしく伝えてください。
 現在改修を進めている「福井子ども歴史文化館」に、先生の功績を紹介するコーナーを設けることや、先生のお名前を冠した子どもたちに向けての賞「南部陽一郎記念ふくいサイエンス賞」を創設することについて、先生にお伝えしましたところ、先生からご了承の言葉をいただきました。
 サイエンス教育はとても重要であります。私は、理科や数学はもっともっと教え方に工夫ができる科目だと思っています。高校、大学での問題とも関係しますが、理科や数学が、英語や国語などと比べてセンター試験の結果が良くないというのが私の実感です。比較の方法が違うのではという説もありますが、もっと工夫をして子どもたちに苦労をかけないで教えていただきたいと思います。

 今年は、橋本左内、梅田雲浜が安政の大獄で没してから150周年という節目の年であります。そして、幕末藩政の改革に大きな貢献をした熊本出身の横井小楠の生誕200周年にも当たります。
 今年は、松平春嶽、由利公正をはじめ幕末福井人の偉業を広めていきたいと思っています。福井市内の中学校では、橋本左内の啓発録を読み合ったり、また「立志式」を行ったりしていると聞いていますが、このような取組みをさらに広めてほしいものです。
 昔からの古文書が沢山残っているのですが、まず和紙から現代の印刷物になっていません。また、印刷物になっていても、何々に候、というように現代語訳になっているものが少ないのです。これから地道に現代語に直す作業が必要であると思います。そして、様々な研究者や時代小説家、歴史小説家の力をいただいて勉強会や講演会を行い、福井の歴史をもっと手にとるように分かるようにしようではないかと考えています。そしてこれは、大河ドラマの制作にもつながるのではないかと思っています。ただ、どの人物も真面目でドラマとしては面白くないとの意見ももらっており、面白いところを探しているところです。

 次に、子どもたちの「夢」や「希望」に関すること、が大事だと考えています。全国学力テストと併せて子どもたちに学習状況調査も行っていることは、皆さんご承知のことと思います。そして学校に対しても同問の調査が行われています。
 中学校の生徒に「将来の夢や目標を持っていますか」との問いに、「持っている」と答えた福井県の中学生の割合は40%です。全国で39位です。学力は高いが希望を持っている割合は高くありません。満足しているからということもあると思います。いろいろな要因があると思いますが、一方、中学校の先生に向けて「夢や希望に向けての指導をしていますか」という質問に対して「している」と答えた学校の割合は62%あります。これは全国1位です。先生はしているというつもりでも子どもたちは希望を抱いていない、ここにギャップがあります。これはなぜかということを日常の中で検証してほしいと思います。
 「希望」ということを大切にするために、県では東京大学と連携して「希望学」という研究を進めています。どのようにすれば子どもでもお年寄りでも希望を抱けるかということであります。希望学を研究している先生方は、希望を次のように定義しています。 “Hope is a wish for something to come true by action.” 「ある願いが行動によって実現するという期待である」ということです。定義はともかく、行動しなければならない、様々な人々とのつながりが重要ということです。様々なフィールド調査やヒアリング調査なども大学と共同で行っています。大学側からは「今年は福井の子どもたちと一緒に研究をやりたい、授業もやりたい」と申出がありますので、校長のご協力をお願いします。

 数日前に読んだ本に、内村鑑三の「後世への最大遺物」があります。明治27年に発刊された講演録であり、20ページほどの薄い本なので、30分ほどで読めます。内村鑑三という人は、世の中をどうやって正しく渡っていくかということに関心を向けた、いわば宗教家でありまして、この本の中で、「我々は互いに希望を遂げようではないか、死ぬまでにこの世を少しでも良くして死のうではないか」と言っています。また、彼は「希望」を英語で ”Hope” ではなく “Ambition”  と書いています。ということは、有名なクラーク博士の言葉 “Boys be ambitious.”「少年よ、大志を抱け」は必ずしもピッタリした訳ではなかったのでないかということになります。つまり「少年よ、希望をもって行動せよ」というのがクラーク博士の本当の訳かなと思います。明治調のために「大志」とか「野心」になったのかと勝手に思っています。英語の先生に是非この本を読んでいただいて、子どもたちの希望というのはどういう意味なのか究明をしていただければありがたく思います。

 以上で講話を終わります。



 

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