関西大学での講義「都市と地方を考える~ふるさと政策~」

最終更新日 2010年2月4日ページID 010235

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 このページは、平成21年11月6日(金)、「都市と地方を考える~ふるさと政策~」という演題により、関西大学千里山キャンパスで行われた知事の講義概要をまとめたものです。

 Ⅰ 福井県の紹介
 Ⅱ 多様な視点
 Ⅲ 論点
 Ⅳ 都市と地方の関係の実際
 Ⅴ 都市と地方のあるべき関係
 Ⅵ 地方自治体の仕事
  [質疑応答]

 【Ⅰ 福井県の紹介】

211106講演写真1 本日は、政策創造学部の「政策過程論」という講義科目の一環ですので、地方自治体の政策に関わることについて講義したいと思います。皆さんもこれまでの講義と関連付けて受講していただければと思います。

 まずは、福井県についてご紹介します。
 皆さんのお手元にパンフレットを配布しています。これには「どこかに旅行に行きたいな」、「就職をどこでしようかな」と迷った時に、福井をお勧めする情報が掲載されています。

 福井県への旅行を考えている方に旬な話題があります。本日は越前がにの解禁日です。本日の夜12時に福井県内では一斉に漁に出ます。今日獲れたカニは高値が付くと思いますが、福井県では「せいこがに」という雌のズワイガニは安く手に入るので、ぜひ食べに来ていただきたいと思います。

 福井県の特産物についても紹介したいと思います。
 今日は、福井県庁の職員も何人か来ているのですが、学食で昼食を頂いたところ、関西大学の学食のお米は、なぜか岡山産の「あきたこまち」であったとのことです。
 お米に関して言えば、福井県は「コシヒカリ」の誕生の地です。コシヒカリは今から50年ほど前に、福井県の農業試験場で品種開発されたお米です。コシヒカリのコシは越前の「越」です。
 また、眼鏡をかけている人も多いと思いますが、眼鏡はほとんど福井で作られています。眼鏡フレームの9割以上は福井県で作られたものです。外国のブランドだと言っても、実は福井で作られたものが多いということになります。
 福井の眼鏡は世界でも愛用されています。昨年のアメリカ大統領選挙で共和党副大統領候補だったペイリン前アラスカ州知事も福井の眼鏡を愛用していることで有名です。
 皆さんの目と鼻の先に、一番身近に福井があるのだと思っていただきたいと思います。

 アメリカ大統領選挙の話が出たので、もう一つアメリカの話題をします。アメリカ大統領はオバマ氏です。そのオバマ氏が大統領候補だった頃から、ボランティアで応援し続けているのが福井県の小浜市です。
 先日、私は駐日米国大使のルース氏と会談しました。その時に、オバマ大統領の来日の際は、ぜひ福井県の小浜市に来ていただきたいと申し上げました。来週からオバマ大統領が来日される予定ですが、今回は来ていただけないようです。ぜひ次回は来ていただきたいと思っています。

 これからの地方自治体の政策で大切となってくることは、その自治体の名前をよく知ってもらうこと、ブランドになるものはないだろうか、と自分たちの町を自分たちでPRしていくことです。これは自治体経営にも深く関わることです。
 本日の講義の「政策過程論」においても、何をきっかけに政策を考えていくのか、はとても重要な項目になってくると考えて下さい。

 今年の7月に私は岩波新書から「ふるさとの発想」という本を出しました。この本には、地方の現状や地方自治体の政策の考え方も書いていますので、自治体へ就職を考える人には、ぜひ読んでほしい本の一つです。

 さて、福井県と関西大学とのつながりについて申し上げなければなりません。
 関西大学には福井県出身の学生が約200名いると聞いています。さらに、みなさんの先輩で今年関西大学を卒業して福井県庁に入られた方も1名います。現在、福井県庁には関西大学の卒業者が25名程度おられ、2年に1人ぐらいが就職している計算になります。当然、大阪府、京都府あるいは吹田市、高槻市などで働きたいと思う人も多くいると思いますが、福井県、福井県庁での就職もお勧めしたいと思います。
 先ほど、楠見学長と会談をしたのですが、学長の恩師は福井県出身だとおっしゃられていました。また、本日の講義の担当の岡本先生のお母さんの家系も福井県出身だということです。
 他には、福井県出身で関西大学を卒業した著名人としては、インテリアショップ「Francfranc(フランフラン)」の高島郁夫さんがいます。大阪でも、阪急三番街、心斎橋パルコ、なんばパークスなどに店があって、若い女性に人気のインテリア雑貨を提供しています。
 このように、福井県と関西大学のみなさんとはいろいろな縁があるということが言えます。

 関西大学と福井県との交流は、前の河田学長とのご縁が生まれ、楠見学長ともご縁ができましたが今年で3年目に入っています。私は昨年、今年と、関西大学の客員教授として年1回講義を行っています。

 マニフェストに関しても、関西大学と縁があります。
 少しマニフェストと選挙について話をします。
 先日の衆議院議員総選挙で、マニフェスト選挙が本格化したとされています。私は、現在福井県知事の2期目の6年目ですが、1期目からマニフェストを掲げて立候補しました。重要なことは、マニフェストによる政治は地方自治体のほうが先行しているということです。つまり、6年前からローカル・マニフェストが本格化しましたが、ナショナル・マニフェストは今回からということです。
 また、マニフェストを実行する上でも、国と地方自治体では多少異なるように思えます。国の場合は、それぞれの大臣がいますので、政党でマニフェストを掲げても、大臣の言うことはばらばらになることがあります。一方、都道府県の場合は、知事が一人ですので自分で約束したことはある程度まとめて実行することができるということです。
 私の1期目のマニフェストは「福井元気宣言」と言います。また、2期目のマニフェストは「福井新元気宣言」と言います。
 さらに私はマニフェストに「笑いと長寿」を掲げています。世界中でマニフェストに「笑い」を掲げるのは私だけかもしれません。ここで、関西大学とは「笑い」に関して連携しています。「笑い」は、教育、福祉などでも重要な項目だと思っています。
 マニフェストには様々なことが書かれていて、自治体の特徴が表れていますので、研究するときっと面白いでしょう。

 笑いに関しては言えば、福井県では全国で唯一の女性落語大会を開催しています。昨年の優勝者(露の紫さん)はプロに転向したほど、レベルの高い大会です。関西大学にも「関西落語大学」という部活動(いわゆる落研)があると聞いています。来年は、このメンバーの皆さんもぜひ参加してほしいと思っています。

 導入の最後に、皆さんの学生生活について話をします。
 先月中旬、私は、全国知事会の代表として、フランスのストラスブール(欧州評議会地方自治体会議の総会)に行きました。ヨーロッパ全体で約20万の自治体があるのですが、これをまとめる会議です。会議の概要を申し上げると、市町村は下院、州や県は上院に区分されていて定数は約300です。日本には、全国知事会のような任意の集まりはありますが、このような会議はありません。
 ストラスブールといっても皆さんにとってはなじみが薄いかもしれません。フランスのアルザス地域でドイツに隣接した地域です。ここには欧州評議会(CE)が設置されています。ENA(フランス国立行政学院)もストラスブールに移転されています。そこで、福井県、日本の地方自治の制度について講演を行いました。
 その際に、ドイツのハンブルグ大学にも立ち寄りました。ハンブルグ大学は学生が約4万人います。しかし、キャンパスは関西大学のように集中しているのではなく、ハンブルグ市内に100くらいに分かれて立地しているとのことです。ハンブルグ大学の東洋学部に行きました。日本語の勉強をしている人が20人ほどいまして、そこの学生と日本の話などをしました。
 ドイツでは、徴兵制をとっています。18歳以上の男子には9か月間の兵役義務があります。良心的に兵役を拒否した場合は、老人介護施設での社会福祉事業等に9か月間従事しなければならないようです。日本とドイツの学生では気分に違いがあると思います。
 このように、国によって社会状況が異なりますので、世界の学生の様子は様々であると思います。皆さんの置かれている境遇は世界の学生とは違うということを認識してほしいと思います。

【Ⅱ 多様な視点】

 皆さんは、日本・世界の現在の姿が当り前だと思っているでしょう。しかし、現在の姿は、この20年間で形づくられてきたものであり、それ以前は異なる姿でした。皆さんには、そのような状況を知ってもらって、多様な視点で物事を見る力を養ってほしいと思います。
 私は戦争が終わった年に生まれましたが、戦争に関しては高校生、大学生になっても全く実感がわきませんでした。政治、経済の仕組みが大きく変わり、社会の様子も変わり始めても、生まれたばかりの出来事は歴史で学んで、頭では分かっているけれどもおそらく実感はないと思います。

 まず、ここ20年間の日本の社会経済の変化について申し上げなければなりません。地方と都市を考える前提ともなる話です。
 本日の出席者は、政策創造学部の2年生が中心と伺っています。そうすると、現在、20歳、21歳の人が多いかと思います。ちょうど皆さんが生まれたころが世界的な歴史の転換点であります。20年前の1989年は、いわゆる東西対立、資本主義と社会主義の対立が消滅した時代です。
 現在は、グローバルの時代です。経済成長はあまりなく、就職するのも大変です。一方、私の学生の頃は比較的就職が容易な時代でした。このように時代が様変わりしたのです。

 日本では、1989年に昭和天皇が崩御され、時代は「平成」にはいりました。政治の世界では、1993年に日本新党の細川護煕氏を首班とする非自民連立政権が誕生しました。1955年から続いた自由民主党による政権、いわゆる「55年体制」が崩壊したのです。
 その後、自民党は与党に戻りますが、この8月の衆議院議員総選挙で民主党に大敗したというのが、日本の政治の流れです。
 20年前に世界の構造が大きく変わり、日本の政治も少しこれに反応し、その後、バブルの崩壊、リーマンショックを経て、本格的に変わってしまったというのが現在の状況です。
 皆さんは、これが当たり前だと思うかもしれませんが、以前とは全く変わったと私は思っています。自民党が政権を失ったのは、今回が二度目です。今回は、自民党が本当に政権を失ったのです。
 ドイツの哲学者フリードリヒ・ヘーゲルは『歴史哲学』の中で、「歴史的事件は、一度目は偶然と受け止められ、二度起こって初めて現実になる」と言っています。

 1回目、2回目の認識は歴史の認識でも重要です。
 例えば、皆さんの試験でも追試があると思いますが、1回目の試験で間違って、さらに2回目でも間違うと落第になります。オイルショックも2回ありました。1回目はおかしいなと思いましたが、2回目が起こった時に、本当に石油のマーケットの状況が変わったのだなという認識にいたりました。直近の松井秀喜選手のワールドシリーズでのMVPも、1本ではまぐれだと思われますが、2本目を打ってMVPが決定づけられたのだと思います。
 1回目、2回目には偶然と必然があると思います。歴史をそのように見てはどうだろうかと思います。

 多様な視点を身に付ける上でも、皆さんには学生の時に、様々な活動や体験をしてほしいと思います。
このような時代ですので就職の話をしますと、福井県は今年9月の有効求人倍率が全国で3番目に高く、また失業率も低い県です。
 福井県では、学生の就職支援を充実させています。現在の大学4年生の多くの方に、福井の企業に就職してもらいたいと思って、面接会の開催などの就職支援を行っています。
 皆さんはまだ大学2年生ですので、就職というよりも、今やるべき勉学やボランティア活動などを行ってほしいと思います。社会勉強をしてほしいと思います。
 就職試験でよく聞かれるのは、勉強のことだけではありません。ボランティア活動などの社会勉強のことがよく聞かれます。福祉施設でボランティアを行ったことや外国人に日本語を教えたことなどが大切です。
 世の中の役に立つ社会性と多様な視点を身に付けてほしいと思います。

【Ⅲ 論点】

 それでは本論に入ります。
 今回の講義は、「都市と地方を考える~ふるさと政策~」をテーマに進めます。皆さんに伝えたいことは三つあります。

 一つ目は、「都市と地方の関係の実際」を知ってほしいということです。近年、大都市が田舎を養っているとか、地方は都市に依存しているとの考えがあります。
 地方にはあまり産業がなく、公共事業で維持していると考える人がいます。大都市には企業や産業があって、人も多く住んでいる。そこから得られる税金を地方に分配してあげていると考える人もいます。
 皆さんにはこれらの考えを「再考」してほしいと思います。
 また、都市に資源を集め一層の発展を達成すれば、地方への分配が増え、地方のためにもなる、というような議論もあります。
 政策創造学部では、地方財政についても学ぶコースがあると聞いています。地方交付税が「過大に配分されている」、「地方では無駄な公共事業のバラマキばかりが行われている」という意見を聞いたことがありませんか。これは本当でしょうか。一緒に考えてみたいと思います。

 二つ目は、都市と地方が対立軸で見られがちですが、違う考え方があるのではないでしょうか。「都市と地方のあるべき関係」を考えてみたいと思います。

 三つ目は、「地方自治体のこれからの仕事」、それぞれの地方、地域を今後どのような姿にしていくのかを考えたいと思います。

【Ⅳ 都市と地方の関係の実際】

 大学にお聞きしたところ、政策創造学部の2年生の4人に3人が関西圏の出身で、大阪府の出身が4割を占めているとのことです。京都府、兵庫県出身を合わせて2割、和歌山県、滋賀県、奈良県出身者を合わせて1割ぐらいです。福井県出身は1%です。

 福井県の子どもたちの様子ですが、毎年、福井県から県外の大学に多くの学生が進学しています。近年は、大学進学率も上がり、福井県から大都市には3000人の学生が進学している状況です。
 そのうち、4年後に福井県に戻ってくる学生は約1000人です。3分の1ぐらいしか福井に戻って来ないことになります。3分の2はそのまま大都市で住むということです。そのようなことを繰り返すと、福井県から大阪府内に転出した人は、住民基本台帳ベースで人口の移動状況をみますと過去50年間で10万人くらいに上ることになります。吹田市の人口は約35万人なので、その3分の1に当たる人口が福井県人という計算になります。
 そのような状況で、東京や大阪が成り立ってきたのだと思ってください、地方から大都市へ人を供給してきたのです。都市の人が地方の人の面倒を見ていると言ってもそのような単純なことではありません。

 次に資金についてです。
 地方から大都市への資金は日本の高度経済成長に合わせて、大都市に集中的に投資されました。最近では、地方の公共事業が多いのではないかと言われますが、それは大都市でのインフラ整備が終わったから、地方に公共事業を回しているためです。
 例えば、昭和40年には、太平洋ベルト地帯5都県(東京、千葉、神奈川、静岡、愛知)に約1兆円、当時の国の予算の4分の1を超える額が投資されています。これに対して、日本海側の6県(新潟、富山、石川、福井、鳥取、島根)には、その4分の1(約2600億円)しか投資されていません。

 次はモノの話です。特にライフラインについてです。
 水に関して言えば、関西圏の人口は約2000万人ですが、このうち1400万人は、琵琶湖から流れ出る川から飲料水を得ています。
 水だけではありません。関西の電気はどこで発電されていると思いますか。福井県が関西の電力供給基地になっています。福井県の原子力発電所の発電量は年間約700億Kwhであり、関西各府県合計の使用電力量の約半分にもなります。
 地方は水や電力などの生活の基本に関わるものを供給しているわけです。
 最近では地球温暖化の問題もあり、火力発電所はこれから縮小に向かっていくことになれば、水力発電所、原子力発電所は大都市に立地していないため、ますます大都市は地方に依存していくことになります。
 米など食糧も同じです。私は京都の大学へ進み、学生寮に4年間いましたが、手ぶらでは寮に入ることができませんでした。米穀台帳を持っていかないと、寮でご飯が食べられなかったのです。
 昔はモノがよく目に見えていたので、地方が都会を支援している姿をよく見えていました。現在はこのように目に見えるものがないので、大都市に自然に人が集まってきて、大都市は職を提供して、食べさせていると思いがちになるわけです。

 地方から都市への人材の供給の事例として、集団就職があげられます。集団就職のための臨時列車が、1954~75年までの21年間にわたり運行されました。
 この臨時列車の最盛期は1964年度で、35の道府県から7万8400人余りが専用列車で都会に向かっています。彼らは「金の卵」と呼ばれ、日本の高度成長を支えました。
 現在では、集団で都会に向かうことはなくなりました。しかし、よく考えると個々人が都市の大学に進学し、そこで働き、付加価値を生むという構造は変わっていません。
 皆さんがそれぞれの田舎で、18歳になるまで教育を受けた場合に自治体はどのくらいの経費を負担していると思いますか。保育園、幼稚園、小中高校、小児医療、給食などのあらゆる経費を合計すると、約1800万円です。
 福井県で成長した若者が3000人出るわけですから、ざっと計算して数百億円規模の公的な支出が大都市へと流出しているのと同じことになります。その後も福井の若者は福井に戻らず、大都市で税金を払うことになるので、福井には若者が成長するまでに負担した経費を回収することはできないことになります。
 人の動きからも、都市と地方が助け合わなければならないと思っています。
 ここまでが、都市と地方の資金、モノ、人材の動き、現在、過去からの歴史的説明です。

【Ⅴ 都市と地方のあるべき関係】

211106講演写真2 2つ目の論点の「都市と地方のあるべき関係」についてです。

 皆さんには、日々、見聞きしたニュースがいかに都市の発想やものの見方で作られたものであるのか、一度振り返ってもらいたいと思います。

 都道府県別の発信情報量を調べた「情報流通センサス」があります。東京都の発信する情報量は全国の約23%(2006年度)です。下位33県それぞれの情報発信シェアは、いずれも1%未満です。この33県全部を合計しても、10%にも満たない状況です。
 そしてこの情報の中身をつくり、発しているのは、ほとんどが東京にいる官僚、学者、評論家、経済人などであることも忘れてはいけません。あらゆる情報には自然と「東京バイアス」が潜んでいます。
 東京から見ると、地方はおかしいな、田舎の道路には車が通ってないな、ダムが必要なのかなという話になります。

 衆議院議員総選挙で、小選挙区の定数は300でした。そのうち、東京・大阪・名古屋の大都市圏の小選挙区の定数は137となっています。つまり、小選挙区のうち45%の議席が大都市にあり、さらに、民主党はそのうち20議席を除く117議席を得ました。このことで、どうしても大都市の政治意見が反映されがちになると思います。
 国会では想像力をたくましくして地方のことも考えた政治をしてもらわないと、大都市の身の回りの情報や、メディア、霞ヶ関だけの情報だけでは東京中心の政治になってしまいます。そうなると、やはり田舎は変だという話になってしまいます。

 最近、新聞を見ていましたら、中国の政治の話が載っていました。中国の議会は「全国人民代表大会」です。
 この全人代の代表者の選出に関して、以前は、農村部では1人の代表者を選出するのに、都市部に比べて8倍の人口が必要とされていました。現在では、これは4倍となっています。つまり、農村部の意見は8人でようやく都市部の1人の意見と同等になるという計算になっていました。最近では、もう少し差を縮めようとする動きがあるようです。
 日本の場合はどうでしょうか。日本では逆に地方に比べて都市のほうで、2~3倍の人口が必要となっています。いわゆる「1票の格差」です。
 日本の政治のバランスを見る時に、参議院の都市と地方の定数配分をもう少し地方重視にすべきではないかと考えています。
 アメリカの上院では、どこの州も2名ずつ議員を選出します。福井県の人口は現在約82万人ですが、アメリカの州の中には、福井県の人口よりも少ない州がいくつもあります。アメリカは州の人口規模に関わらず、一定の上院議員を選出しています。そのようにバランスをとっています。
 これから日本でも政治のバランスを考えないと、どうしても東京からのバイアスがかかりますので、都市と地方の関係はあまりうまくいかないのかもしれません。そのような政治的課題があるのだと思います。

 また、最近、残念ながら、日本の都道府県間の人口の交流が小さくなってくるという現象が起きています。
 世界を見ると、フランスでは、日本の都道府県にあたるデパルトマン(Department)間の移動は、1990年代は約17%です。また、アメリカの1995年から2000年の州間の移動率は約9%といずれも日本より高くなっています。日本は1995年から2000年の間は約6%となっています。
 直近の動きを見ると、総務省の統計では平成20年の1年間で他の都道府県に住居を変えた人は約250万人で、日本人の人口の1.99%しか他の都道府県に住居を変えていないことになります。
 大阪で生まれた人は大阪で暮らし、福井から大阪に転出する人も少なくなり、日本全体が固定し始める恐れがあります。
 都市と地方の交流が小さくなることで、都市のことが分からない地方の人、地方のことが分からない都市の人が増えていくのではないでしょうか。

 人々が自由に、活発に動くことができるような国土政策も必要となってくるでしょう。
 都市と地方のあるべき関係は複雑かと思いますが、まずはもっと人が交流する動きが重要だと考えます。情報についても、大都市中心に物事を考えないような思想や活動が重要となってくると考えています。

 人が交流する事例として、北陸地方では北陸新幹線の整備事業が進んでいます。これは東京から長野、新潟、富山、石川、福井を通って、大阪までつながる新幹線です。
 途中で整備が止まってしまうと、大事な日本海側のルートが途切れてしまうことになります。このことを「ミッシングリンク」と呼んでいます。つなげるものを最後までつながないと、人の交流は難しいと思います。
 また、日本の二大都市の東京と大阪が二つのルートでつながることは、防災上の観点からも重要です。防災の原則のひとつにリダンダンシー(重複)という考え方があります。バックアップのことです。
 北陸新幹線は、日本の国土軸を作る上でも重要な国家プロジェクトだと言えます。このようなプロジェクトをおろそかにすると、それぞれの地域は内向きになり、人々の交流はますます沈静化してしまいます。
 国土政策は都市と地方のあるべき姿として考える場合でも重要だと思います。

【Ⅵ 地方自治体の仕事】

 それでは、3番目の論点の「地方自治体のこれからの仕事」、地方自治体のこれからの方向について話をします。

 これからは時代に合わないシステムを直していく必要があると思います。それぞれの地域ごとに最適なシステムはどうしたらいいのかという議論があります。
 最近の流行の言葉として「地域」があります。「地域主権」、「地域福祉」、「地域で自立しなければならない」などの言い方をします。大小様々な地域があると思います。
 この地域という言葉は悪くはないのですが、このような言葉だけで議論をしていると、気持ちが入らず、地域の本当の話が活発化しないのではないかと思い、私は「ふるさと」という言葉を使いました。
 「地域」と「ふるさと」で何が違うのかと申しますと、先ほど言いましたが福井県小浜市のオバマ大統領を応援する動きはみんなで外に向かって活動しようとする、物事をあまり内輪だけで考えないでおこうとする動きです。もう一つは、自分たちの地域の中をもっと良くしていこうとする内側の動きです。
 この外に向けての動き、また、内に向かっての動きの2つの動きと、みんなで盛り上げていこうとする気持ちのこの3つが重なってはじめて、地域が良くなるのではないかと考えています。このような動きと気持ちでつくられるものが「ふるさと」だと思います。
 「ふるさとの発想」には、地域の活動の事例を多く書いています。
 関西大学ぐらい大きくなると、大学自体がまちになって、ふるさとになるのかもしれません。大学がどれだけ外に働きかけるか、みなさんはこの大学の内で何をするのか、という考え方があると思います。さらに、そこには、みんなが少しでも大学のあるまちを良くしていこうと気持ちがないといけないと思います。

 これから高齢社会を迎えるにあたって、大学と連携して総合的な長寿社会をどのように展開するのかを一緒に考えています。これは、総合的な学問でありまして、医学、工学、経済学、農業などあらゆる学問に関係してきます。福井県では、総合長寿学とよんでいます。
 これらを組み合わせて、住民の気持ちや内側の活動は、高齢社会ではどうあるべきかを考えています。

 心の問題では「希望」の問題があります。今まで地方や地域には心の問題を考えるところがなかったので、福井では希望を重視したいと思っています。
 これまでは、GDP(Gross Domestic Product)などが豊かさの基準として考えられてきました。しかし、最近では幸福の指標としてブータンのGNH(Gross National Happiness)などの考え方が注目されています。このような幸せ、希望に関わる指標についても考えていきたいと思います。
 フランスのサルコジ大統領は、欧州各国に国の豊かさに関する新しい指標を開発しようと呼びかけています。日本でも市町村や大学ごとにこのような指標を研究したり、実行してはどうかと考えています。

 これに対抗する形ではシステム論があります。道州制がいいとか、直轄負担金を廃止せよ、無用な事業の仕分けをしなければならないなどの日本全体のシステムに関する議論があります。しかし、これだけを議論しても日本はよくならないと思います。
 福井県の子どもたちの学力は日本一です。この学力を高めようとする考え方は、みんなでどうしようかという「ふるさと」の議論につながりますが、学力を測る「学力テスト」をどうしようかという点は「システム」になります。肝心である子どもたちの学力をどうしようかという議論はしないで、学力テストの効果だけを考えても、子どもたちの学力を高めようという気持ちは生まれてきません。
 福井県では、昭和20年代から5教科の学力テストを独自に実施してきました。子どもたちの学力を高めたい気持ちとそれを具体的にどのようにするのかというシステムが昭和20年代から続いているということです。
 その中で、子どもたちが成長して3000人が福井県から出ていって、2000人が戻ってこない。これはシステムがおかしいということです。福井県では、システムがおかしくても、子どもたちの学力・体力はしっかりと身に付けなければならないということで、みんなで子どもの教育を行っています。

 自治体の仕事は、地域を地道に興していくことです。システム論はありますが、システム論だけにとらわれず、問題の現場をよく知り、絡まった糸をほぐすように一つ一つの物事を冷静沈着に分析し、一つ一つ着実に解決していくことです。
 世の中には、複雑な物事を一挙に解決できる(ブレイクスルーする)魔法の杖でもあるかのような言動が一部に見られますし、そうした発言に賛同する人々も少なからずいます。しかし、こうした調子のよい言動は危険であり、十分な注意が必要だと思います。
 地域の実情とシステムの両方を議論していかなければなりません。そのためには、行政だけではだめで、地域の住民が力を合わせていかなければなりません。

 学力テストは正式には「全国学力・学習状況調査」と言います。
 調査の中で、子どもたちに「将来の夢や希望を持っていますか」という質問項目があります。福井県の子どもたちは学力では全国一、二位を争う好成績を収めていますが、希望を持っている子どもの割合が比較的少ないです。
 子どもたちの希望を持つ割合が高い県は、鹿児島県、宮崎県、山口県などが高くなっています。これらの県では、幕末の西郷隆盛や吉田松陰などの郷土教育をしているのかもしれません。また、地域性なのかもしれません。
 将来を担う子どもたちの希望については議論していく必要があります。福井県の子どもたちは現状に満足しているから、希望を抱かないのかもしれないという話もあるのですが、本当のところは分かっていません。
 関西大学の皆さんに希望のアンケートをとるとどうなるのか関心があるところです。皆さんの中で、関心がある人はアンケートを取ってみてください。

 最後に希望についてもう一つ話をしたいと思います。
 皆さんは、希望とはどのような定義になると思いますか。希望の研究をしている東京大学の希望学プロジェクトによれば、希望を「Hope is a wish for something to come true by action」と定義しています。(「希望(Hope)とは、具体的な何か(something)を行動(action)によって実現(come true)しようとする願望(wish)である。)
 大事なのはアクションです。行政や住民、マニフェスト選挙での有権者、ふるさと納税などの納税者など、みんなアクションが大切なのです。
 今年の4月末、ノーベル物理学賞の南部陽一郎博士に大阪大学理学部でお会いをしました。福井の子どもたちにと、色紙に言葉をいただいたのですが、南部先生が書かれたのは「Boys and Girls be ambitious」という言葉でした。「少年少女よ、大志を抱け」という言葉だなと思うと同時に、クラーク博士の「Boys be ambitious!」という言葉が蘇りました。
 その後、内村鑑三の『後世への最大遺物』という講演録を読んでいたところ、内村は、「希望」を英語で“Hope”ではなく“Ambition”と書いていることがわかりました。ということは、“Boys be ambitious!”というのは、「少年よ、大志を抱け」というよりも「子どもたちよ、希望をもって行動せよ」というのがより正確な訳なのではないかと思うようになりました。
 “Hope”(希望)を持って“Action”(行動)をする、これこそが“Ambition”であり、クラーク博士や南部博士が次代を担う若者たちに呼びかけたことなのだと考えられます。
 私も皆さんには希望を持って行動してほしい、“Ambition”というのが、本日の講義のメッセージにもなります。

[質疑応答]

学生:
 福井県の福祉政策におたずねします。
 福井県の福祉政策は子育て支援が充実していると思うのですが、僕が注目したのは、福井県のひとり親家庭に対する医療費の助成です。
 他の都道府県では、18歳までしか医療費助成がないところ、福井県の自治体ではどこでも20歳まで親子とも医療費の助成を受けられます。
 財政が厳しく地方交付税が減る中で、福祉に関する経費を今後も維持していくことは可能かということを聞きたいと思います。

知事:
 私は知事になりまして、教育、子育てを重視したいと思っています。
 特に教育については、小人数学級の30人学級を実施しています。学校の先生の給与は、国の交付税で決まっていまして、それにより定数が定められています。30人学級にするということは、福井県が独自に財源を投入しなければなりません。福井県は5000億円の財政規模ですが、少人数学級のためにそのうち何十億ものお金が必要となってきます。
 しかし、子どもたちの将来に関わることは大事ということで重点的に実施しているわけです。
 他にも、不登校の生徒のためにカウンセリングの先生を増やしたりしてきました。
 子育てについては、若い母親から話を聞くと、子どもがちょっと病気をした時に預けるところがないなどの話を聞くので、病気の子どもを一時的に預かる「病児デイケア促進事業」などを展開しています。
 さらに、子どもが2人いる家庭では、実はもう一人子どもが欲しいという希望が多いです。そこで、3人目を生みやすくするために、行政としていかに応援するかということで、3人目については、妊婦健診費の無料検診や乳幼児医療の就学前までの医療費無料化などを行っています。
 私は、福井県を子育て日本一にしたいと思っていますので、県民の幸せに関することをきめ細やかに実施していきたいと考えています。
 


 

学生:
 私も北陸出身で今日の西川知事の講義は身近な話ですごく分かりやすかったです。
 さて、私は北陸新幹線についてお聞きしたいと思います。
 北陸新幹線はまだ福井まで延びていませんし、石川県内も金沢以西は分からない状況です。私は小松市出身なのですが、金沢は新幹線が来ると盛り上がっているのですが、小松は同じ石川県でも盛り上がりに欠けている感があります。
 福井でも、北陸新幹線が来ることになった場合に、他県から誘客するためにどのようにPRするのかお伺いしたいと思います。

知事:
 北陸新幹線は大阪までつながってようやく意味があるものと考えます。途中で止めても意味がありません。
 ダムは一つひとつがつながっていませんので、個別で検証していくことも可能ではあると思いますが、北陸新幹線はそのようにはいかないと思います。
 道路も大切ですが、これからの環境問題を考えると鉄道も重要です。金沢以西については、石川県の谷本知事とも話をしていますし、先日は大阪府の橋下知事とも話をしたところです。
 何十年もミッシングリンクのままでは、他の国に負けてしまうと思います。そのようなことを前原大臣にも伝えていかなければならないと思います。
 福井県ではまちづくり、観光などについて全力で行っているところです。他には港との連携もあると考えています。
 


 

学生:
 僕は福井県の三国出身です。本日は知事から「都市と地方の関係」について講義いただいたのですが、「地方と地方の関係」についてはどのようにお考えか伺いたいと思います。

知事:
 地方と地方の関係は距離的に遠い、近いの関係があると思います。
 福井県と石川県の関係を事例にあげると、石川県の加賀温泉郷と福井県のあわら温泉は隣同士の位置にあるのですが、意外と連携が取れていません。お互い人の交流が少ないのです。ですので、隣同士の県が力を合わせて、新しい観光圏や観光ルートを作るなど、具体的な連携を進めようと、先日も石川県の谷本知事と懇談会を開催したところです。これは県だけでなく、市町村、産業界などと一緒に進めていこうと思っています。
 全国の都道府県の様子を見ると、離れていても状況がよく似ている県がたくさんあります。福井県と島根県は道路が途中で止まっている点でもよく似ています。地方の県が単独で意見を発しても東京バイアスに負けてしまいますので、似ている県で連携していかなければならないと思います。

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